さようなら「パジェロ」 ブランド・イメージ失い低迷した理由

浅井秀樹週刊朝日
 舗装されていないオフロードをさっそうと駆ける。悪路走破性だけでなく、乗用車感覚で操れる都会的な雰囲気をまとった。三菱自動車の四輪駆動車「パジェロ」は1990年代のRV人気をけん引した代表格だったが、今年8月に国内向け生産を終わる。

 82年に発売され、当初はパリをスタートし、ダカールがゴール地点だったことからパリ・ダカと親しまれたダカール・ラリーに83年に初参戦。砂漠を疾走するなど、脱落車続出の過酷なレースで総合優勝を何度も果たすなどし、その名は世界にとどろいた。

 国内販売は92年に約8万1000台とピークを迎え、年間数万台販売の時期があった。しかし2000年代に入り、年間数千台規模に落ちていく。
                                                 
 そして三菱自動車は2009年にダカール・ラリーからの撤退を表明するに至った。今回の国内向け生産の終了について、自動車評論家の国沢光宏さんの見方はこうだ。

「パジェロは一世を風靡し、世界的なブランドだったが、パリ・ダカに参戦しなくなった。パジェロのような価格の高い車は普段の生活に必要ないため、ブランド・イメージが絶対に必要です。しかし、リーマンショックもあり、他の自動車メーカーもモータースポーツから次々と撤退していった」

 三菱自によると、パジェロの国内向け生産を終了するのは、歩行者保護法規に対応したフロント部分の構造変更を見送るためという。歩行者との衝突事故は頭部や脚部への損傷が大きく、政府は歩行者保護対応を進めてきた。

 現在、パジェロは岐阜県の工場でのみ生産となっており、昨年度は約4万6000台を生産。ほとんどが悪路の多い中東や豪州など輸出向け、国内向けは数百台にとどまった。歩行者保護法規に対応するには車両の構造変更が必要で、少量生産ではコスト面で折り合わない。

 

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「伝説の車がなくなってしまう……」

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