【文豪の湯宿】結核療養で…吉村昭が自分を見つめ続けた宿

鈴木裕也週刊朝日#旅行
夏の繁忙期を過ぎると広い湯船は吉村の専用湯のようになった
北温泉旅館/栃木県那須町湯本151
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夏の繁忙期を過ぎると広い湯船は吉村の...

 文豪たちの作品に登場する温泉宿を訪ねる連載「文豪の湯宿」。今回は「吉村昭」の「北温泉旅館」(栃木県・北温泉)だ。

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 終戦の前年、東京開成中学時代に肺浸潤(はいしんじゅん)に侵された吉村昭は、医者の勧めで奥那須の旭温泉で数カ月間、転地療養をした。肺の病気が再発したのは3年後。重症の結核だった。吉村は自らの判断で、1年後生存率30%の難手術「胸郭成形手術」を受けることを決断。麻酔も十分でないまま激痛に耐え、命を救われた。

 昭和24年6月、今度は同じ奥那須の北温泉旅館で療養することになった。山奥の、電気も通っていない鄙(ひな)びた温泉宿だ。何もすることがない、せいぜい河原を散歩するだけの自炊療養生活が始まった。

<ひんぱんに入浴するのは体の支障になると考えていた私は、二日に一度の割で夜、露天風呂に足をむけた。晴れた夜には、驚くほど冴えた星の光が空一面に散り、山の稜線から明るい月がのぼることもある>(「ひとすじの煙」)

 療養生活は、冬に雪で宿が閉ざされる前に、下山するまで続いた。

 翌年には学習院大学に復学し、文芸部員として創作に励むようになる。戦争や病気との闘いを通して死を見つめ続けた吉村の作品が日の目を見るのは療養の9年後のことになる。(文/本誌・鈴木裕也)

■北温泉旅館(きたおんせんりょかん)
栃木県那須町湯本151

週刊朝日  2019年5月17日号

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