元ちとせが語る「お酒を飲んで炬燵で亡くなったお兄ちゃんの三味線の音」

連載「LOVE YOU LIVE!」

神舘和典週刊朝日

元ちとせは2002年に「ワダツミの木」でデビュー。... (16:00)週刊朝日

元ちとせは2002年に「ワダツミの木」でデビュー。... (16:00)週刊朝日
 奄美大島出身で今も奄美で暮らすシンガー、元ちとせが自分の原点である奄美シマ唄を歌い三味線も演奏する『元唄(はじめうた) ~元ちとせ 奄美シマ唄集~』をリリースした。奄美で歌い継がれている「朝花節」「くるだんど節」「行きゅんにゃ加那節」などを圧倒的な歌唱で聴かせる。元ちとせがシマ唄について語ってくれた。

【その他の元ちとせの写真はこちら】

「『元唄 ~元ちとせ 奄美シマ唄集~』は、2002年に『ワダツミの木』でポップスシンガーとしてデビューした後初めてレコーディングしたシマ唄集です。レコーディングが企画されたのは39歳のとき。自分の30代の声を記録しておきたかったので、とてもいいチャンスになりました」

 奄美では、島歌ではなく“シマ唄”。シマとは、縄張りや集落を意味する。それぞれのシマが独特のイントネーションを持ち、奄美出身者同士は、歌い手の発音でどこの集落の出身なのかがわかるという。元はデビュー前からシマ唄の歌い手で、高校生時代は奄美民謡大賞を最年少で受賞している。

「年齢を重ね経験を重ねることで、歌は変化します。声に張りがある10代よりもベテランの歌い手の声が魅力的に感じられるんですよ。私自身、子どものころは歌詞の意味をよく理解していませんでした。たとえば『行きゅんにゃ加那節』は奄美では小学校で習います。でも、歌のほんとうの意味を実感するのはずっと経ってからでした。海に囲まれた奄美ではみんな、進学や就職のために1度は島を出ます。都会を目指し、海を渡らなくてはいけません。そんな愛する子どもや恋人との別れを歌うのが『行きゅんにゃ加那節』です。どんなに離れてもいつも思っているよ、という気持ちを歌っています。そういう気持ちは、大人になって強く実感しますよね。だからこそ、今の私のシマ唄をレコーディングしたかった。多くの人に聴いていただきたいし、奄美の後輩たちにも届けたかった」

 元はシマ唄を子どものころ耳で聴いて覚え、歌い、自分のものにしていった。

「うまい人のうわさを聞くと、その人の生の歌を聴きに行きます。私が生まれ育った瀬戸内町にある集落は、当時は電話が1つしかないようなところでした。そこからクルマで40分ほどの奄美の中心にある会場まで出かけていきました」

 

続きを読む

次ページ>

男装の三味線名人の謎

TwitterでAERA dot.をフォロー

@dot_asahi_pubさんをフォロー

FacebookでAERA dot.の記事をチェック