【文豪の湯宿】放送禁止用語を公の席で!? ポルノ作家が愛した宿 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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【文豪の湯宿】放送禁止用語を公の席で!? ポルノ作家が愛した宿

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奥道後 壱湯の守/坪内寿夫が柴田錬三郎専用の書斎として建築した「竹寿庵」。現在は宴会場として利用されている

奥道後 壱湯の守/坪内寿夫が柴田錬三郎専用の書斎として建築した「竹寿庵」。現在は宴会場として利用されている

2014年にリニューアル、「壱湯の守」としてさらにリゾート感溢れるつくりとなった
奥道後 壱湯の守/松山市末町乙267-1

2014年にリニューアル、「壱湯の守」としてさらにリゾート感溢れるつくりとなった
奥道後 壱湯の守/松山市末町乙267-1

 文豪たちの作品に登場する温泉宿を訪ねる連載「文豪の湯宿」。今回は「梶山季之」の「奥道後 壱湯の守」(愛媛県・奥道後温泉)だ。

【写真】「壱湯の守」としてリゾート感溢れるつくりとなった露天風呂がこちら

*  *  *
 壱湯の守の前身は「ホテル奥道後」。かつて「再建王」として名を馳せた来島どっく社長の坪内寿夫が建設した一大リゾート・奥道後観光温泉郷の中核である。ホテルの完成を間近に控えた昭和44年、梶山季之と柴田錬三郎が同時に坪内を小説に書きたいと申し入れる。かたや眠狂四郎で大人気の作家、一方の梶山は、当代一の売れっ子とはいえ、ポルノまがいの大衆小説が多い。案の定、執筆の権利を得たのは柴田錬三郎だった。

 だが、コンペに敗れた梶山もホテルの完成パーティーに招待された。そのパーティーの前の晩である。かねて親交のあった梶山と柴錬は部屋でトランプゲームのドボンで賭けをして、柴錬が大勝ちし、梶山は多額の借金を負ってしまった。

 そんな梶山に柴錬は「明日のパーティーの挨拶で××××(女性器の卑語)と言ったら、借金を帳消しにしてやる」と提案した。多くの来賓を前に壇上に立った梶山は「私はポルノ作家の梶山季之であります。人生は××××であります」と挨拶した。

 そんな挨拶をした梶山だが、出入り禁止をくらうこともなく、その後もこのホテルを贔屓(ひいき)にしたという。(文/本誌・鈴木裕也)

■奥道後 壱湯の守(おくどうご いちゆのもり)
松山市末町乙267-1

週刊朝日  2019年5月3日‐10日合併号


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