陛下の発言の一文一文が分析され、適切に翻訳される (c)朝日新聞社
陛下の発言の一文一文が分析され、適切に翻訳される (c)朝日新聞社

 元侍従の多賀敏行氏は、記者会見の内容を英語に訳していた深夜、天皇陛下が取った行動を回想する。

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 私が外務省から出向し、侍従としてお仕えした平成5(1993)~8(96)年は、「平成の象徴」という新しい天皇像を模索されている時期であった。

 当時から、陛下は外国への発信の重要性にお気づきだった。外国訪問前の記者会見の内容が、正しい英語に翻訳され、早く発表されることを希望されていた。

 外務省出身の私は、加藤アイリーンさんという御用掛と一緒に翻訳作業にあたることになった。彼女は、アイルランド出身で、ドナルド・キーン氏から日本文学を学んだ才媛。

 陛下のご発言の一文一文をきめ細かく分析し、正確な英語表現を複数考えて最適の解を探してゆく過程は、本当に見事だった。

 陛下の記者会見が終わると同時に始まる翻訳作業は、深夜11時ごろに及ぶこともある。ふと、人の気配を感じた。顔を上げると、すぐ目の前に陛下が立って、ほほ笑んでおられた。

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