11時25分。高速道路に入る前のバス停で乗客が増えた。気がつくと、きく麿兄さんの横にお爺さんが座っていた。お爺さんがヨロヨロとスマホをいじる。お爺さん、視界にきく麿兄さんが入っていないようだ。お爺さんの肘が兄さんの突き出た腹肉にガスガス当たる。ムッとするが、なにも言わない兄さん。ガスガスするたびにブニンブニンする腹。ガスガス、ブニンブニン、ガスガス、ブニンブニン。

「そろそろですよ。見ます?」。後ろの席から利さんがスマホをかかげる。液晶の画面には『まもなく新元号発表』とスーパーが出たまま10分経過。「出てこねーな、菅」「髪とかしてんじゃね?」「分け目、逆になってたり」「書いた紙、失くしちゃってたり」「カレーうどんの汁はねちゃってたり」。バカなことを言いながら11時41分。「出てきた! いつもの分け目!」

 菅「新しい元号は……『令和』であります」
 二人「……ふーん。『れいわ』?……言いにくいな」

 気にせずゲームを続けるもの一人。爺さんに腹を突かれ続けるもの一人。ほか、うとうとするもの。新元号にさほど興味のない芸人たちが博多の会場に着いたのは13時20分。「さ、高座のマイクチェックしたら弁当食おう!」「へーい!」

 4月1日、振り返ればなんでもない一日だった。

週刊朝日  2019年5月3日‐10日合併号

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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