【文豪の湯宿】尾崎士郎が“ゼロ泊3日”で行った宿とは 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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【文豪の湯宿】尾崎士郎が“ゼロ泊3日”で行った宿とは

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鈴木裕也週刊朝日
柳水園/エメラルドグリーンの硫黄泉は源泉100%。コラムニストの青木雨彦氏も定宿にしていて「湯よし酒よし女将よし」と絶賛した

柳水園/エメラルドグリーンの硫黄泉は源泉100%。コラムニストの青木雨彦氏も定宿にしていて「湯よし酒よし女将よし」と絶賛した

尾崎士郎直筆の書。ほかにも井伏鱒二、篠田節子など多くの文人が宿泊
柳水園/新潟県五泉市佐取7241

尾崎士郎直筆の書。ほかにも井伏鱒二、篠田節子など多くの文人が宿泊
柳水園/新潟県五泉市佐取7241

 文豪たちの作品に登場する温泉宿を訪ねる連載「文豪の湯宿」。今回は「尾崎士郎」の「柳水園」(新潟県・咲花温泉)だ。

【写真】今も宿に掲げられている尾崎士郎直筆の書がこちら

*  *  *
 戦中戦後の流行作家・尾崎士郎と柳水園の縁を結ぶのは、当時尾崎が住んでいた東京都大田区で婦人科医を開いていた南雲今朝雄医師だ。井伏鱒二の小説のモデルにもなった有名人で、坂口安吾など文豪との交友も多かった。尾崎も信頼しきっていた名医である。

 昭和35年、尾崎は南雲から「親戚が温泉旅館を始めるので開館祝いに出席してくれ」と言われ、引き受けた。しかし、当時の尾崎は超売れっ子。連載を何本も抱え、新潟でのんびり湯に浸かる時間などない。

 夜行列車で新潟に行き、開館祝いの会に出席。柳都新潟と阿賀野川の水からイメージして「柳水園」と命名、揮毫した。この書は今も宿のフロントに掲げられている。多忙な作家は、緑色透明の硫黄泉に慌ただしく浸かり、その日のうちに夜行列車で帰京。帰りの列車で新入社員の初任給ほどの現金が入った財布をなくしてしまうハプニングのおまけも付いた、ゼロ泊3日の強行軍だった。

 南雲医師との交流は死ぬまで続いた。昭和39年に直腸がんで没した時、死の床で手を握って臨終を看取ったのも南雲だった。(文/本誌・鈴木裕也)

■柳水園(りゅうすいえん)
新潟県五泉市佐取7241

週刊朝日  2019年4月26日号


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