ロックはどこへ向かうのか?=写真はニール・ヤングの2003年武道館公演 (c)朝日新聞社
ロックはどこへ向かうのか?=写真はニール・ヤングの2003年武道館公演 (c)朝日新聞社

 文芸評論家の陣野俊史氏が選んだ“今週の一冊”は『全ロック史』(西崎憲著、人文書院、 3800円※税別)。

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 書店で思わず手を伸ばし、帯の「はじめての全史」という惹句にやられ、それより何より、著者の西崎憲が以前から気になっていたということもあって、決意して購入する。

 自宅に持ち帰る。机に置く。結構な厚みだ。少し不安がよぎる。辞書的な記述が大半を占めていたらどうしよう、と。事実に間違いがなくても、全体を貫く軸が見えなければ、ネットにあふれている情報の宇宙と変わりはない。読み始める。杞憂に終わる。軸は歌詞だ。

 著者について。英米文学の翻訳者だ。小説家でもある。文学ムック「たべるのがおそい」の編集長にして、トランペット奏者。この多芸はただ者ではない。20世紀中葉のフランスの奇才、ボリス・ヴィアンのようではないか!

 では、ヴィアンの小説のように、本書も奇を衒(てら)っているのか? まったくそんなことはない。ロックンロールの誕生から、イギリスへ、ブルースロック、インプロを経て、サイケ、ハードロック、プログレ、グラム、パンク……と並びだけ挙げれば、ごくオーソドックスな順番に記述されている。

 では、この本の一番の美点は何か。繰り返しになるが、歌詞である。事実関係を簡潔に述べた後、著者は音楽を聴き取る。歌詞を引用する。著者が一番いいと思う歌詞を少し引いて、解説を閉じる。このあたりのシンプルさがカッコいいのだ。

 引用しよう。ニューヨーク・パンクの雄テレヴィジョンの歌詞をこんなふうに紹介している……。

 人気のあった曲「マーキー・ムーン」の歌詞は、レイ・ブラッドベリやフリッツ・ライバーなどのアメリカの作家の古い怪奇小説を思わせる。いやに暗い夜の物語。

 稲妻が空で交錯する。雨の音に混じって音がやってくる。

<巣箱のなかの命がぼくの夜に触れて襞をつくる/死の接吻、生の抱擁>

 男はマーキー・ムーンの光の下に立って待つ。するとキャデラックが近づいてくる。キャデラックは墓場からやってきた。そして目の前で停まる。

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