【文豪の湯宿】庄野潤三の“転換点”になった名短編が生まれた宿 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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【文豪の湯宿】庄野潤三の“転換点”になった名短編が生まれた宿

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鈴木裕也週刊朝日#旅行
旅館 玉子湯/『死霊』の埴谷雄高も昭和49年に玉子湯を訪れている

旅館 玉子湯/『死霊』の埴谷雄高も昭和49年に玉子湯を訪れている

400年続くありのままの温泉は浸かると肌が玉子のようにツルツルになるといわれる
旅館 玉子湯/福島市町庭坂高湯7

400年続くありのままの温泉は浸かると肌が玉子のようにツルツルになるといわれる
旅館 玉子湯/福島市町庭坂高湯7

 文豪たちの作品に登場する温泉宿を訪ねる連載「文豪の湯宿」。今回は「庄野潤三」の「旅館 玉子湯」(福島県・高湯温泉)だ。

【肌が玉子のようにツルツルになるといわれる温泉の写真はこちら】

*  *  *
 昭和30年に芥川賞を受賞した庄野潤三が高湯温泉の玉子湯を訪れたのは昭和35年6月7日。ブリヂストンタイヤのPR誌にルポ記事を書くために、完成したばかりの磐梯吾妻道路を車で走った時のことだ。

<福島を出発したのが午後三時。(略)三十分ほどで急に山道に入り、(略)強い臭いがしたかと思うと、そこが高湯の玉子湯で、バス道路のそばに鄙びた温泉宿がある>(「ブリヂストン・ニュース」昭和35年8月号)

 庄野は取材の途中で立ち寄ったこの宿で、思う存分湯に浸かり、地元料理を食べ、酒の飲めない同行者の分まで飲みながら、最古参の番頭の話に耳を傾けたという。

 この番頭・幸之助から聞いた熊払いの話を小説にしたのが短編「なめこ採り」だ。番頭が「夏の熊は木の上で“しずんで”いる」と言うのが、実は「“涼んで”いる」の訛(なま)りだったなど、ほのぼのと楽しい好短編。都会的日常生活を描き続けた庄野が、初めて“外側”にある田舎をテーマにして書いた記念碑的作品でもある。

 作家にとっての“転換点”にさえなってしまうほど、印象深かった宿と言ってもいいだろう。(文/本誌・鈴木裕也)

■旅館 玉子湯(りょかん たまごゆ)
福島市町庭坂高湯7

週刊朝日  2019年4月12日号


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