昨年、集大成となるエッセー集と作家論集を刊行した沢木耕太郎さん。日本を代表するノンフィクション作家として知られる一方で、近年は長編小説にも熱心に取り組んでいます。そんな沢木さんに作家の林真理子さんが迫ります。
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林:沢木さんって取材の対象者にすごく好かれますよね。『檀』をお書きになったときに、(故・檀一雄氏の)ヨソ子夫人から絶対的な信頼を得ていたでしょう。ヨソ子夫人は沢木さんになら何でもしゃべったという感じだから、あの名作ができたと思う。
沢木:娘の檀ふみさんがおっしゃるには、「一種のカウンセリングをしてたのね」って。僕は基本的に話してくれることをすべて受け入れるという感じで、1年のあいだに3回ぐらい、ゆっくりと同じ話をしてもらうんです。それが微妙に変化していって修正されていくわけだけど、自分の人生を3回物語るような相手って、自分の人生の中でほとんどいないじゃないですか。
林:はい。
沢木:旦那だって女房だって、そんな話聞いてくれやしないよね。それに、ある長さの時間をともに費やしてくれたら、誰でも好意を抱いてくれるんじゃないかと思う。どんなひどいことを書いても、「僕はあなたに好意を持っている」ということは相手にわかっているはずだから、許してくれるという感じはしますよ。
林:沢木さんに書いてもらうというのはうれしいことだから、身も心もさらけ出すと思いますよ。身はわからないけど、心は(笑)。
沢木:たとえば吉永小百合さんにしても、インタビューはそれこそ数えきれないくらい受けているだろうけど、インタビューはインタビューだよね。だけど、「あなたのことを理解したいので話を聞きたい。時間をとってもらえませんか」と真正面から言ったら、吉永さんにとってそれは事件だと思うよ。そうやってお願いして断られたことはないですね。「あなたを理解するために時間をもらいたい」と強く相手に伝えれば、それは伝わるという感じがする。