「勘三郎の遺伝子は二つある」中村扇雀が絶賛する歌舞伎とは? (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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「勘三郎の遺伝子は二つある」中村扇雀が絶賛する歌舞伎とは?

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菊地陽子週刊朝日
中村扇雀(なかむら・せんじゃく)/1960年生まれ。四代目坂田藤十郎の次男。67年初舞台を踏み、95年に三代目中村扇雀を襲名。立女形の役どころを中心に、上方、江戸共に活動を続ける。2017年には、野田秀樹作・演出の「足跡姫~時代錯誤冬幽霊~」にも出演 (撮影/写真部・大野洋介)

中村扇雀(なかむら・せんじゃく)/1960年生まれ。四代目坂田藤十郎の次男。67年初舞台を踏み、95年に三代目中村扇雀を襲名。立女形の役どころを中心に、上方、江戸共に活動を続ける。2017年には、野田秀樹作・演出の「足跡姫~時代錯誤冬幽霊~」にも出演 (撮影/写真部・大野洋介)

 1992年。中村扇雀さんは、大阪の“中座”という劇場で、野田秀樹さんの「贋作・桜の森の満開の下」を観た。坂口安吾の「桜の森の満開の下」と「夜長姫と耳男」を下敷きに書き下ろした舞台で、野田さんは主役の耳男を、夜長姫を毬谷友子さんが演じていた。

「演劇の持つ力のすごさを体で感じたことが忘れられません。そのときは歌舞伎で上演するとは夢にも思っていませんでした」

 ほどなくして野田さんはロンドンに留学し、帰国後NODA・MAPを設立した。以来、劇団ではなく、ワークショップを基盤にしたプロデュース公演を手がけるようになる。

「98年に野田さんがワークショップを松竹の稽古場で開いたことがあったんです。まだ“勘九郎”だった勘三郎の兄貴に、僕も含めた歌舞伎役者が大勢参加して、波乃久里子さん、現代劇からは渡辺えりさん、大竹しのぶさん、古田新太さん……吉田日出子さんもいらしたと思います。そこで野田さんが、イギリスで学んだやり方を、僕らに教えてくれた。最後に歌舞伎チームは、『桜の森~』をベースに、現代劇チームは『研辰(とぎたつ)の討たれ』という芝居を、何らかの形にしました。その3年後、野田さんが手がけた初めての歌舞伎『野田版 研辰の討たれ』が生まれた。初日の幕が下りたあと、スタンディングオベーションが起こった。それまでの歌舞伎ではありえなかったこと。幕が開いた瞬間、お客さんが最前列から3階席までダダダッと立ち上がって、拍手が鳴りやまなかった。素晴らしい体験でした」


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