サラリーマンの悲哀がにじむ話だが、離婚できない理由は出世とも関係がある。

「このまま実績を積むと、10年後、20年後には課長、部長と出世できそうです。でも離婚となると転職が必然となるでしょう」

 妻の浮気に我慢し、出世街道を突き進むかどうか、悩みは深まるばかりだ。

「不本意な結婚をした男にとって、彼女は妻ではない。敵だ」(古代ローマの劇作家プラウトゥス)──。この通りの妻を選んだのは、大手旅行会社勤務の下山大輔さん(仮名・43歳)。8歳年下の妻との間には14歳と8歳の息子がいる。だが度重なる妻の浮気が原因で離婚を決意。子供の親権を得て、妻を追い出そうと考えていた。

「ところが妻のほうが上手でした。ある日帰宅したら、妻も子供たちもいなかった。実家に息子たちを連れて帰って洗脳し、僕を悪者にしたんです。そして僕からDVをされたとでっち上げて離婚調停になり、高額な慰謝料と養育費を要求してきたんです。こちらは妻の不貞を証明するために、相手の男を訴えて裁判を起こしました」

 だが、妻が男をかばってうそ八百の証言をし、裁判は泥沼になった。

「妻を強く追い詰めると、子供に会わせてもらえないかもしれないという弱みにつけ込まれていたんです」

 離婚カウンセラーとして延べ3万7千人の相談を受け、夫婦問題のアドバイザーも担う「離婚110番」の澁川良幸氏は「複雑な離婚問題は弁護士が介入してもうまくいかないことが多い。法律で解決できるのではなく、互いの駆け引きによって決まる」と弱腰になると敗者になることを示唆する。

 下山さんは浮気をした妻の気持ちが理解できず、それが心情的に離婚問題をさらに複雑にしている。「不貞を働くのは妻の人間性だと説明しても、夫は認めたくないんですね」(澁川氏)

 妻にしたい女を選んだことを否定したくない。愛情ともエゴともとれる気持ちが、結婚そのものを難しくさせている。(作家・夏目かをる)

週刊朝日  2019年3月22日号より抜粋