■どんな人にも分け隔てなく、はっとさせられた言葉
日本臨床腎移植学会・日本移植学会によると、国内の腎移植実施数は1742件(2017年)。多くは家族がドナーになり、二つある腎臓の一つを提供する「生体腎移植」だ。移植の生着率は5年間で90%以上と高い。免疫抑制剤の進歩で、血液型が異なっても移植を受けることが可能になった。
腎移植に1千例以上関わったのが、東邦大学名誉教授の相川厚医師。研修を終えた後、最初に受け持った2人の患者が忘れられないという。
一人は、家族からの提供で腎移植を行ったものの、うまく働かなくなり、重い肺炎を患った20代男性の森本さんだ。
「人工呼吸器での管理が必要で、昼夜寝ずに診ていかなければ救命できない患者さんでした。先輩から『なんとしても助けろ』と発破をかけられたこともあり、とにかく必死で診た記憶があります」(相川医師)
一命は取り留めたが、腎臓は機能不全に。森本さんは地元である群馬県の病院に転院し、透析を受けることになった。
それから13年。相川医師は透析施設で偶然の再会を果たす。そのときに2度目の移植を行ったことや、それもうまくいかなかったことを聞いた。
「森本さんに最初に腎臓を提供したのは、当時、レスリングでオリンピック候補だったお兄さんでした。レスリングよりも弟の健康を優先したのです」(同)
もう一人は、森本さんの隣の個室で入院していた50代男性の藤原さん。全身転移のある腎臓がんだった。亡くなる直前、相川医師にこう話しかけた。
「隣の患者さんは幸せですね。主治医の先生によく診ていただけて。僕もそういう先生がよかったな」
はっとさせられた。藤原さんは知らなかったが、彼の主治医も相川医師だった。
「なぜ藤原さんにもっと声をかけてあげられなかったのだろう。森本さんの様子を見に来たときにちょっとでも顔を見せてあげられれば……と、ものすごく悔やみました」
それ以来、どんな患者でも同じように接するよう心がけているという。
「医師は多くの患者さんを診ていますが、患者さんからしたら主治医は一人。自分のことを忘れずに診てほしいという気持ちを持つのは、当然のことだと思います。この気持ちを忘れてはいけません」
(本誌・山内リカ)
※週刊朝日 2019年3月1日号より抜粋