【文豪の湯宿】高村光太郎・智恵子が新婚写真を撮影した、最後の2人旅 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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【文豪の湯宿】高村光太郎・智恵子が新婚写真を撮影した、最後の2人旅

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鈴木裕也週刊朝日
【柏屋旅館】館内の階段を77段下りた谷底にある「雷霆(らいてい)の湯」は、鹿股川の渓谷美を一望。明治期から続く露天風呂はレトロ感も人気

【柏屋旅館】
館内の階段を77段下りた谷底にある「雷霆(らいてい)の湯」は、鹿股川の渓谷美を一望。明治期から続く露天風呂はレトロ感も人気

2人が最後の記念写真を撮った場所は今も変わらず残されている/【柏屋旅館】栃木県那須塩原市塩原364

2人が最後の記念写真を撮った場所は今も変わらず残されている/【柏屋旅館】栃木県那須塩原市塩原364

 文豪たちの作品に登場する温泉宿を訪ねる連載「文豪の湯宿」。今回は「高村光太郎・智恵子」の「柏屋旅館」(栃木県・塩原温泉 塩の湯)だ。

【高村光太郎と智恵子の貴重なツーショット写真はこちら】

*  *  *
 因習を嫌った高村光太郎と智恵子は大正3年の結婚披露宴以降も入籍を拒んできた。だが、昭和6年に精神を病んだ智恵子が、その翌年に睡眠薬自殺未遂を起こすと、光太郎は全精力を智恵子の回復のために注いだ。昭和8年8月23日に入籍したのも智恵子を守るためだった。

 入籍の翌日から2人は、墓参りを兼ねて智恵子の故郷に近い東北地方の温泉をめぐる3週間の療養の旅に出る。福島・宮城の湯治場を回り、9月4日には旅程の最後となる栃木県塩原温泉・柏屋旅館に到着した。2人はその翌日、智恵子の母・長沼セン宛てに絵葉書を送っている。

<(塩原塩ノ湯柏屋にて)帰りかけに塩原へよりました 智恵>

 十数日間の滞在中、宿の下を流れる鹿股川で、2人は写真屋に記念写真を撮ってもらっている。数少ない貴重なツーショット写真となった。

 9月18日、療養の旅を終え帰宅したが、智恵子の病状は<上野駅に帰着した時は出発した時よりも悪化していた>(「智恵子の半生」)。

 光太郎の必死の看病にもかかわらず智恵子は、昭和13年に結核で死去。塩原は最後の2人旅となった。(文/本誌・鈴木裕也)

■柏屋旅館(かしわやりょかん)
栃木県那須塩原市塩原364

週刊朝日  2019年2月22日号


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