大センセイ、ちょっぴり嬉しい気持ちであった。

 だが……。ポッポの回復に連れて困ったことが起こるようになった。ポッポが鳴くのである。あの、

 ポロッポ、ポーポー、ポロッポ、ポーポー

 という鳴き声、部屋の中で聞くとものすごくデカイのだ。びっくりするほど大声なのだ。ポッポは紛れもなく、野生のトリであった。

 ある日、この声を聞きつけた二階のオジサンが、いきなり窓から部屋の中を覗き込んだ。いかにも頑固そうな顔つきである。マズイ。

「アンタ、部屋の中でハト飼ってるのか」
「すみません。怪我をしてるんで、一時的にです」

 頑固オヤジは黙って引っ込んだが、翌日、再び窓から首を突っ込んできた。

「余ったパンだ。ハトにやんなよ」

 なんと頑固オヤジは、パン職人だったのである。

 その日を境に、毎日のようにパンが届くようになった。無論、大センセイもポッポのお相伴にあずかった。

「パン、うまいですね」
「そうか。店には出せない失敗作だけどな」

 頑固氏はやがて、カツサンドやアンパンなどという、どう考えてもハトは食べそうもないものまで持ってきてくれるようになった。ポッポのお蔭で、意外な出会いが生まれたのである。

 それから約一カ月、段ボールの中を掃除しているとき、ポッポは窓の隙間から猛烈な勢いで外へ飛び出していった。ほどなく頑固氏も、「田舎へ帰る」といって引っ越していった。

 田舎から、立派な一戸建ての前に立つ頑固氏の写真が届いた。

週刊朝日  2019年2月15日号

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山田清機

山田清機

山田清機(やまだ・せいき)/ノンフィクション作家。1963年生まれ。早稲田大学卒業。鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』(第13回新潮ドキュメント賞候補)、『東京湾岸畸人伝』。SNSでは「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれている

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