ところが1657年の明暦の大火と呼ばれる大火災で、江戸はその大半を焼失します。しかし、幕府は全国の大名を使って都市の再建を図りました。大名たちは江戸に屋敷を構えましたが、その建設はすべて自前です。屋敷の建設には人手がいります。建設に従事する労働者だけでなく、彼らの生活をまかなう職人や商人も必要です。大名たちはそれを本国から連れてきた。そのため、江戸には諸国の武士だけでなく、庶民たちも集まり、大名屋敷の周辺に新たな町を築いてゆく。そうすることで江戸の町はどんどん拡大し、人口も増えていったわけです。つまり江戸という都市は、諸国の人々とその文化が集まり、融合することで「人種のるつぼ」と化し、世界最大級の都市となったのです。

 私は毎年、夏になるとニューヨークのマンハッタンに行くのですが、マンハッタンは当時の江戸とまったく同じなのです。ヨーロッパから南米から、それこそ世界中から人がやってくる。彼らはそれぞれの「ルーツ」である文化や民族性を残しながら共存している。民族や文化が融合して都市がつくられていますから、よそ者に温かく、居心地のよい街になります。江戸もそうだったと思います。

 むしろ、現代の日本人にとっては、マンハッタンを思い浮かべたほうが、当時の江戸の様子を正しく理解できるのかもしれません。

──多様性を認めて共存する。それもまた、「江戸っ子」に学ぶべき一面ですね。

 そう思います。インターネットに代表されるさまざまな道具は、便利なものです。しかし、ただ利便性を追い求めるのではなく、ありのままの日常に満足し、その中で精いっぱい生きる。そして手間をかけることで密接な人間関係を維持し、老いも若きも隣人と助け合って生きる。さらに多様な文化を認めて共生を図る。すべて江戸の庶民が実践していたことです。現代に比べて、皆、確かに貧しかったかもしれません。不自由な点もあったでしょう。しかし、彼らは果てのない欲望に追い立てられたり、都市生活の孤独にむしばまれたり、老後の心配をすることはなかった。

 そうした江戸っ子の生き方から、現代を生きる私たちが学ぶべきものは、決して少なくありません。江戸時代の庶民を描く作家として、私はそう思います。

(取材・構成/安田清人)

※週刊朝日MOOK「歴史道 vol.2」山本一力インタビュー【完全版】ほか、山本博文「大江戸八百八町の誕生と進化」、江戸の商い、江戸の長屋暮らし、幕府役人の仕事のすべて等々、「江戸の暮らしと仕事」を徹底解剖! 2月6日発売 880円(税込み)

週刊朝日  2019年2月15日号