「怒られてばっかりでしたけれど、きじは本物のプロ集団でしたね」

 その後、名店「神戸六甲道ぎゅんた」の店長となって店舗経営の経験を重ねると、物件が見つかり次第独立する肚を固める。

 かくて、2017年7月、ウエスギさんは念願の独立開業を果たしたのであった。

 それから約一年……。

「正直、ここまでキツイとは思いませんでした」

「だって、念願が叶ったんじゃないんですか」

「お店を開けてもなかなかお客さんが入ってこない時間が、精神的に一番辛いですね」

 わかる。大センセイもいわばひとり親方だ。何が怖いといって、仕事が入ってこないのが一番怖い。チビるぐらい焦る。

「私はチビりませんけど、焦りますよね」

「眠れなくなりますね」

「山ほどお好みを焼いた日は、体が疲れてぐっすり眠れるんですよ」

 見事なコテ捌きで、ウエスギさんがお好み焼きを切り分けてくれる。夢のようにふんわりして、甘じょっぱくて……。大センセイ、独立開業のための設備投資と称して電話付きファックスを購入して、原稿発注の電話がかかってこないかと日がな一日待ち続けていた若き日のことを思い出して、切なくなった。

 漆黒の鉄板の上から、ジリジリとお好みの焼ける音が響いてくる。それは成功への憧れと、ひりつくような焦燥の入り混じった、独立開業の音であった。

週刊朝日  2019年2月8日号

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山田清機

山田清機

山田清機(やまだ・せいき)/ノンフィクション作家。1963年生まれ。早稲田大学卒業。鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』(第13回新潮ドキュメント賞候補)、『東京湾岸畸人伝』。SNSでは「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれている

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