【文豪の湯宿】ひと夏のはずが3年も…詩人・三好達治が所帯を持った宿 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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【文豪の湯宿】ひと夏のはずが3年も…詩人・三好達治が所帯を持った宿

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鈴木裕也週刊朝日
【湯宿 せきや】
快復後も宿にとどまった三好達治は森で見かけた河鹿やイワツバメなどとの触れ合いを原稿にしている

【湯宿 せきや】
快復後も宿にとどまった三好達治は森で見かけた河鹿やイワツバメなどとの触れ合いを原稿にしている

大正元年創業、全8室すべてが露天風呂付き/【湯宿 せきや】長野県山ノ内町平穏1406

大正元年創業、全8室すべてが露天風呂付き/【湯宿 せきや】長野県山ノ内町平穏1406

 文豪たちの作品に登場する温泉宿を訪ねる連載「文豪の湯宿」。今回は「三好達治」の「湯宿 せきや」(長野県・上林温泉)だ。

【「湯宿 せきや」の露天風呂の写真はこちら】

*  *  *
 三好達治は昭和8年7月、友人のフランス文学者・桑原武夫に勧められ信州の山奥にある発哺(ほっぽ)温泉に向かう。前年に喀血して入院、退院後も神経性の心悸亢進に悩まされ、静養の必要性を感じていた。

 軽井沢で待つ桑原夫妻に合流し、堀辰雄や室生犀星を訪問した後、善光寺を経て途上の上林温泉で「せきや」に宿泊。満室で適当な部屋がなく、帳場の横の部屋に新婚の桑原夫妻とともに一つ蚊帳で寝た。計画では翌日出発し、山道を2里半登った発哺に行くはずだったが天候がすぐれず、この宿に3泊することになる。

 実はせきやの主人は、発哺温泉の宿の主人の実兄で、三好と気が合ったようだ。ひと夏の信州静養の予定は大幅に延び、三好はこの後3年弱、夏は発哺、冬は上林で過ごした。

 静養中に翻訳の仕事をするつもりで、原稿用紙の束と仏語辞書を懐に、手にはインク壺を持って信州に来た詩人はこの冬、結婚のため一時帰京するが、正月には上林に戻り、宿の一室で所帯を持ってしまった。

 数々の翻訳、歌集『日まはり』、詩集『間花(かんか)集』など多くの作品がこの信州時代に生まれている。(文/本誌・鈴木裕也)

■湯宿 せきや(ゆやど せきや)
長野県山ノ内町平穏1406

週刊朝日  2019年2月8日号


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