本作のハイライトは、ウディ・ガスリーのカヴァー「DEPORTEE~不法移民の唄」だ。48年、米国の移民局のチャーター機が峡谷に墜落。強制送還されるメキシコ人労働者が乗せられていたが、氏名が公表されたのは米国人乗務員だけ。メキシコ人労働者は“デポーティー/国外強制退去者”とされた。その事故をきっかけに米国の矛盾を描いた曲だ。

 柳原は“メキシコ人が墜落死しても名前さえ新聞には載らないという歌詞に共感しました。たとえばその事故を福島、水俣に置き換えることは辛いけれど可能な事実です”と語る。自分で詞を訳し、“不法移民”の立場から歌っている。

「おかえりビッチ」は、ヴァン・モリソンとザ・チーフタンズによるトラッド・ソング「Star Of The County Down」のカヴァー。これも自ら訳詞し、明るいダンス・チューンに仕上げている。

「エリアマネージャー」は、コンビニ本社のエリアマネージャーの言いなりになるしかないコンビニ店舗経営者の嘆きを描いたシリアスな哀歌だ。新聞で読んだコンビニ経営者の残酷物語をきっかけに書いたという。哀愁を帯びたギターにはじまる「アラビヤ小唄」では、“許されない恋”の切ない思いを描いた。“夜に紛れて 罪にまみれて 風に追われて”道行に至る情念的世界を描き出す。『近松物語』が頭の片隅にあったのに違いない。昭和歌謡の面影もある。

ドドンパのリズムに踊り出したくなる「生きなっせ」は、高齢化社会となった今、“どうせ生きるなら 憎まれようがとにかく100までいきましょう”という応援歌。

「なさぬ人」は、“何かを成し遂げろ、立派な人間になれ、なんてはた迷惑な話”という思いから“なにもなさねど なんとかなるさ”と気ままな生き方を歌い、「夢見の夢太郎」では、人妻に恋した男が“歌とギターは上手でも ほんとの恋路はままならぬ ままならないからまた歌う”という夢みる夢太郎の一途な思いが微笑ましい。

 フィドルの佐藤良成(ハンバート ハンバート)、マンドリンの井上太郎、お囃子の望月太左衛と、ゲストは多彩。それぞれの好サポートを得て、陽気で軽快な曲に哀歌も交え、軽妙で洒脱、味わい深い佳作を生んだ。(音楽評論家・小倉エージ)

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小倉エージ

小倉エージ

小倉エージ(おぐら・えーじ)/1946年、神戸市生まれ。音楽評論家。洋邦問わずポピュラーミュージックに詳しい。69年URCレコードに勤務。音楽雑誌「ニュー・ミュージック・マガジン(現・ミュージックマガジン)」の創刊にも携わった。文化庁の芸術祭、芸術選奨の審査員を担当

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