認知症の難しさは、評価の困難さにあります。例えば、いつも院内を徘徊していた人が、ある時からベッドに留まるようになりました。本人はニコニコしているのですが、おかしいと思って調べてみると、なんと大腿(だいたい)骨が折れていました。歯科の場合でも、「食べられなくなった原因」はなかなか顕在化しないのですが、どうして「痛い」と言ってくれなかったのかと患者さんを責めることはできません。「最近食べなくなった」ことで十分訴えていたと、周りが気づくことが重要です。

■ステージに応じて歯科治療の目標を設定する

 認知症のタイプによって、「この先、患者さんに何が起こるか」はおおむね予測がつきます。「このままでは残った歯で反対側の歯茎を傷つけてしまう」など、先を予測して歯科治療をします。

 アルツハイマー型認知症では歩行や咀嚼(そしゃく)、のみ込みなど運動機能の障害は、最後にやってくることが多いですが、レビー小体型認知症ではパーキンソン症状運動機能の障害から始まることが多いです。それぞれのステージに応じた歯科治療の目標を定めることが肝要になるわけです。

 外来診療においては、「今日がこの患者さんにとって、最後の歯科治療の日になるかもしれない。次は来られないかもしれない」という意識をいつも持っています。「食べられる口を作る」ための治療を先延ばしにしている余裕はありません。歯科医療は決して裏切りませんので、「認知症になったらまずは歯医者に!」とお伝えしています。奥歯の噛み合わせを正し、普段から歯の手入れをして、早めに口の中を整備していれば、咀嚼機能は何とか土俵際で守ることができるのです。

■食にまつわる認知症の症状

「食べることが難しくなった」という方の4人に1人は認知症が原因です。口を開かない、食べようとしない、ため込む、いつまでも噛んでいる、スプーンを噛んでしまうなど、認知症の方にみられる食のトラブルは、様々な障害に起因しています。

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食のトラブル4つの障害