著者の大森氏は「『帰去来』のようなパラレルワールド警察小説は前代未聞」と筆者の大森氏は説く(※写真はイメージ)
著者の大森氏は「『帰去来』のようなパラレルワールド警察小説は前代未聞」と筆者の大森氏は説く(※写真はイメージ)

 SF翻訳家・書評家の大森望氏が選んだ“今週の一冊”は『帰去来』(大沢在昌著、朝日新聞出版 1800円※税別)。

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 大沢在昌は、今年で作家デビュー40周年。その記念すべき年の最初に出た99作目の著書『帰去来』は、足かけ10年にわたり小説誌に連載された大作だ。帯にいわく、“警視庁捜査一課の女刑事が、「光和26年のアジア連邦・日本共和国・東京市」にタイムトリップした。”──

『B・D・T』『天使の牙』『撃つ薔薇』など、過去に何作も近未来SFサスペンスを書いてきた著者がついに時間SFに挑戦したのか──と言えば、厳密にはちょっと違う。そもそも光和26年っていつのこと?

 冒頭の舞台は2015年の東京。主人公は、警視庁捜査一課の“お荷物”と言われる女性刑事、志麻由子。父親も刑事だったが、10年前、チェーンを使った連続絞殺事件の捜査中に殉職した。その後、由子は警察に入り、強行犯係の刑事となったが、いまだに実績を残せていない。

 そんなとき、またしても連続絞殺事件が発生。犯人は「帰ってきました。ナイトハンター」との犯行声明を出す。だが、かつて世間を騒がせた絞殺魔ナイトハンターの正体は16歳の少年で、20年前に自殺している。警察は今回の事件を模倣犯と断定。由子も捜査に加わるが、張りこみ中、何者かに襲われ、「知らないのか、ナイトハンターが帰ってきたのを」という声を聞きながら意識を失う。

 次に気がつくと、由子は見知らぬオフィスにいた。しかも、民間企業に勤めているはずの元恋人・里貴が、なぜか制服に警部補の階級章をつけ、由子の秘書官だと名乗る。里貴によれば、由子は警視で、東京市警本部暴力犯罪捜査局の特別捜査課長だという。

 そこは、アメリカがメキシコ合衆国に吸収され、アジア連邦が太平洋連合に勝利した並行世界だった。由子の意識は、死の直前、こちらの世界にいるもうひとりの自分の肉体に乗り移ってしまったらしい。

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