【文豪の湯宿】愛人と修羅場も 作家・葛西善蔵が逃げた日光の宿 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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【文豪の湯宿】愛人と修羅場も 作家・葛西善蔵が逃げた日光の宿

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鈴木裕也週刊朝日

【湯元板屋】部屋に火鉢を入れ、どてらを重ね着しながら執筆したという

【湯元板屋】
部屋に火鉢を入れ、どてらを重ね着しながら執筆したという

“生活”から逃れるために、新潮社の編集者に紹介された老舗の板屋旅館(当時)で執筆に集中した/【湯元板屋】栃木県日光市湯元2530

“生活”から逃れるために、新潮社の編集者に紹介された老舗の板屋旅館(当時)で執筆に集中した/【湯元板屋】栃木県日光市湯元2530

 文豪たちの作品に登場する温泉宿を訪ねる連載「文豪の湯宿」。今回は「葛西善蔵」の「湯元板屋」(栃木県・奥日光湯元温泉)だ。

【「湯元板屋」の露天風呂の写真はこちら】

*  *  *
 貧乏は極まり、結核と喘息で体はガタガタ。女房は故郷に残したまま、一緒に暮らす愛人を孕(はら)ませてしまう。そんな生活を文学に昇華してきた葛西善蔵だったが、ついに大正13年秋、身重の愛人を置き去りにして、奥日光の湯ノ湖畔にある老舗旅館・湯元板屋に向かった。着流しに下駄ばき、鞄に原稿用紙を忍ばせただけの姿での遁走だった。

 2カ月の滞在中に“魂の絶唱”ともいえる代表作「湖畔手記」を執筆。妻や愛人への贖罪の記である。

 原稿が書きあがった頃、日光の冷気の中を安物の薄着で宿に駆け付けた妊娠5カ月の愛人を、「そんな体で万一のことがあったらどうする」と、怒鳴りつけたという。2日後、葛西は大量の喀血をして一時昏睡状態に陥るが、この体験さえも「血を吐く」という作品にしてしまった。

 酒におぼれ、親族に金を借り、原稿料を前借りして温泉宿に籠もれば芸者遊びで有り金を使い果たす。それでも多くの人に愛され、昭和3年に肺病で亡くなると、葬式には文壇の著名人200人が集まった。戒名の「藝術院善巧酒仙居士」は彼の人生を表しているかのようだ。(文/本誌・鈴木裕也)

■湯元板屋(ゆもといたや)
栃木県日光市湯元2530

週刊朝日  2019年1月25日号


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