9時50分。ようやく古河のオジサンが終わる。先輩は予約変更の客にてこずっていた。と、今度は数枚の千円札を握りしめた中学生ぐらいの男の子が現れた。


「えっと、学割で、周遊券みたいな、乗り降り自由のやつで……」

 困惑した後輩ちゃんは、上司にヘルプを求めた。

「えーっと、どこの駅まで行きたいのかな」
「ていうか、行き先を決めない旅がしたいっていうか」

(ロマンチックなこと言ってんじゃねぇよ)

 9時55分。背後に老眼鏡をかけたオバサンが並ぶ。いかにも時間がかかりそうだったが、オバサン、前もって申し込み用紙を記入していた。先輩は大センセイの方に一瞥をくれると、素晴らしいスピードでオーダーを入力し、精算を終えた。

(アンタ、仕事できるな!)

 9時57分。間に合った、と思ったその瞬間……。

「領収証を下さいねぇ。宛先は社会福祉法人××会」

 ここへ来て領収証かい!

 九時五九分。奇跡的に先輩の窓口が空く。先輩がチラリと腕時計に目をやった。

「サンライズ瀬戸、横浜・高松間、乗車券特急券、大人二名様ですね」
「そうです!」
「お部屋はサンライズツインでよろしいですね」
「はい!」

 先輩が猛烈な勢いでキーボードを叩く。電光掲示の時計が10:01に変わった。

「……申し訳ございません。全室完売でございます」

 先輩はよくやってくれたと思う。でもこれで取れなくて、どうやったらチケットを取れるんだろう?

 隣の窓口ではまだ、中学生が浪漫を語っていた。

週刊朝日  2019年1月18日号

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山田清機

山田清機

山田清機(やまだ・せいき)/ノンフィクション作家。1963年生まれ。早稲田大学卒業。鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』(第13回新潮ドキュメント賞候補)、『東京湾岸畸人伝』。SNSでは「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれている

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