米国育ちのRei 日本でポップスに開眼したのは阿久悠と松本隆の影響だった? (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)
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米国育ちのRei 日本でポップスに開眼したのは阿久悠と松本隆の影響だった?

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菊地陽子週刊朝日

Rei/1993年生まれ。兵庫県出身。幼少期をニューヨークで過ごす。4歳でギターを始め、5歳でブルーズに出会い、ジャンルを超えた独自の音楽を作り始める。2015年ミニアルバム「BLU」でデビュー。国内外のフェスに多数出演 (撮影/松永 真)

Rei/1993年生まれ。兵庫県出身。幼少期をニューヨークで過ごす。4歳でギターを始め、5歳でブルーズに出会い、ジャンルを超えた独自の音楽を作り始める。2015年ミニアルバム「BLU」でデビュー。国内外のフェスに多数出演 (撮影/松永 真)

 Reiは4歳でクラシックギターを習い始めた。当時住んでいたニューヨークで、ギターを弾きながら歌う女性シンガーを見て、「あれを買って!」とねだったのがきっかけだった。

「渡米して間もなくのことで、日本語も英語もコミュニケーションツールとして使いこなせていない自分がいたんです。そんな中、音楽は、私にとってフィット感があるコミュニケーションツールだ、と直感して。それ以来、ギターを弾くことが自分のアイデンティティーになりました」

 ギターを取り上げられたら、私の生きる意味はないと思うほどに、音楽にのめり込んだ。クラシック音楽の名作曲家たちの作った音楽を学びながら、時空を超えて音楽がずっと生き続けていることに感動した。

「以来、自分も音楽の中に生き続けたいと思うようになりました。私の命は有限だけれど、私がいい音楽を生み出せたら、私が死んだあともずっと歌い継がれるかもしれない。それが、今も昔も、私が音楽をやるモチベーションになっています」

 日本に帰国後は、いずれはアメリカでデビューしたいと考えていた。

「でも、仲間とバンドを組んで歌を歌うようになって、日本語の歌詞を勉強するうちに、阿久悠さんや松本隆さんのような日本を代表する作詞家の方たちの言葉の紡ぎ方に感動して。猛烈に、ポップスをやりたいと思うようになるんです。日本語はとても美しい言語で、そこにリズムやメロディーを乗せていくポップスにオリジナリティーを感じた。欧米のインフルエンスも受けつつ、独自に発展した日本のカルチャーは世界に誇れるものです。いつかその代表格になりたい、と思いました」


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