※写真はイメージ (GettyImages)
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 作家の嵐山光三郎氏が大ヒットした「うんこ漢字ドリル」にちなみ、ウンコにまつわるいろいろな話を綴る。

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 子どもは「ウンコ」という言葉が大好きで「うんこ漢字ドリル」という学習本に人気がある。ぼくは三十年前に「うん子ちゃん」物語という子どもミュージカル(演奏は中村誠一と国立音大オーケストラ)を作って国立の市民芸術小ホールで上演したことがある。

 うん子ちゃんは雲の上に家がある小学生で、地上に下りてきて同級生たちと楽しいひとときを過ごして、台風の季節になると、雲に乗って遠い町へ行ってしまう。同級生たちは、去っていく雲へむかって、「うん子ちゃーん、さよなら」と手を振って別れる。

 そのころ、ウンコの形をしたクッキーやパンが流行した。子どもだけでなく、みんなウンコが好きなんですよ。毎日一回はウンコを出すので、親しみがある。

 おとなの部では、野坂昭如と深沢七郎のウンコ対談が傑作であった。酒を飲む文士や編集者は下痢症で、ちょっと食べただけで便意を催し、すぐトイレへ駆けこんだ。ぼくはずーっと下痢症で、正露丸の錠剤を持ち歩いていた。節度を守って酒を飲んでいる人は、形がいいウンコが出る。

 自分のウンコはほれぼれと見ちゃいますもんね。

 それに対し、軟らかいのか硬いのかはっきりしないウンコがあり、便器の水の上にプカプカ浮いている。「これを水上勉と称する」というのが野坂説だった。

 深沢七郎は、人間の野糞は左巻きで、朝顔の花は右巻き、という観察力で、ともにウンコに関して博学だった。深沢さんは「糠漬や沢庵漬はウンコくさいのが上等品」と力説した。

 ぼくが勤めていた出版社は木造三階建てで、和式便所だった。内側に木戸につけるような鍵があったが、半分は壊れていた。

 大便をするときに、左手でドアの取っ手を掴んで便器の上にしゃがんでいると、だれかが開けようとした。開けられてはたまらないので、強く握りしめた。

 すると外にいた人も、ドアが壊れていると思って強く引っぱった。いつのまにか引っぱりあいになったが、外にいる人のほうが力が強い。力つきたぼくは、ドアの取っ手を握って、尻を出してしゃがんだまま、外へ飛び出してしまった。

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