「一人の男の、魂の彷徨を見つめた傑作。最終的に主人公が救われたのか否か、読者に委ねられている点も評価したい」(文芸評論家・細谷正充さん)

「煩悩と悟りの狭間で激しく揺らぐ、圧倒的な生への希求が伝わってくる。壮絶なる祈りと叫びの物語」(三省堂書店有楽町店・内田剛さん)

■6位『悪玉伝』/朝井まかて

江戸と大坂を並行して描く

 主人公は大坂の炭問屋・木津屋吉兵衛。放蕩の日々を過ごしていたが、兄・久左衛門が急逝し、実家の辰巳屋に赴く。しかしそこに待っていたのが相続争い。一旦は辰巳屋を救う吉兵衛だが、噂はやがて江戸に届き、将軍・徳川吉宗や寺社奉行・大岡越前守忠相の耳に入り──。

「江戸と大坂を同時並行的に描くその手腕と語り口のうまさが、極上の時代エンターテインメントを生み出した。どんな世界を描いても、草花の香りが行間から漂う。大岡忠相や将軍吉宗までをも巻き込んだ相続争いを、独自の視点から作者の艶のある、しかも凛とした筆が描き切っている」(日本大学教授・文芸評論家・小梛治宣さん)

■8位『影ぞ恋しき』/葉室麟

幸福をめぐる熱く強い思い

 主人公は佐賀・小城生まれの雨宮蔵人。大石内蔵助ら赤穂浪人四十七士の吉良邸討ち入りを目の当たりにしている。京の郊外で妻と娘と暮らす蔵人のもとに、一人の少年が訪れる。少年の名は冬木清四郎といい、吉良家の家人だった──。

「雨宮蔵人は、6代将軍徳川家宣の実弟、越智右近と死闘を展開する。家宣が目指す理想の政治、『正徳の治』を実現させるため、汚れ役に徹する右近。蔵人は右近と友情を感じながら、手段を選ばない右近の非を打つ。政治とはすべての人を幸福にするものではないか、誰かの幸福を踏みにじってよいのか……。著者が病床で書き継いだ作品だからだろう、『まっとうな生き方』を問いかけるメッセージはいつにも増して熱く強い」(西日本新聞文化部・野中彰久さん)

■9位『北条早雲 疾風怒濤篇』/富樫倫太郎

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