「経営は限界」だと話す農家の豚舎 (撮影/高橋五郎)
「経営は限界」だと話す農家の豚舎 (撮影/高橋五郎)
空っぽの大豆粕工場倉庫兼荷積み施設 (撮影/高橋五郎)
空っぽの大豆粕工場倉庫兼荷積み施設 (撮影/高橋五郎)
(週刊朝日 2019年1月4-11日合併号より)
(週刊朝日 2019年1月4-11日合併号より)

 米国と中国の通商紛争が、世界の農業を揺るがしている。双方が輸入品に高額の関税をかけ合う“貿易戦争”になっていて、米国の大豆が中国に入らなくなったのだ。豚のエサ(飼料)が手に入らず、中国の畜産家は廃業寸前に追い込まれている。愛知大学現代中国学部・高橋五郎教授が現地でその現状を取材した。

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「採算割れが半年以上も続き、もう養豚経営を続けるのは限界だ。業者同士がなんとか倒産から逃れようと、我慢くらべをしている。こんなことは人生で初めての経験」

 こう嘆くのは中国・河南省の農家Rさん。米や野菜などもつくっているが、収入の柱は養豚で約100頭を飼っている。それが飼料の高騰で、経営危機に直面しているのだ。

 発端は米国のトランプ大統領だった。「米国第一主義」を掲げ、米国への輸出でもうけている中国をターゲットに選んだ。知的財産の侵害を口実に7月、中国からの輸入品に高関税措置を発動。中国も報復のため、米国から輸入していた食品などに高関税をかけた。

 その影響をまともにくらったのが大豆。中国は消費量が世界1位で、2017年は1億1060万トン。そのうち9割弱を輸入しており、輸入国としても世界最大だ。輸入量の34%は米国に依存していたが、25%もの高関税をかけたことで、8月以降の輸入がほぼゼロに。米国産大豆がそっくり消えたのだ。

 ブラジルやアルゼンチンなど米国に代わる輸入先を探したが、収穫期のずれもあって、全てはカバーできない。

 報復するため放った矢が、自国の農家や消費者を直撃した。米国は中国に代わる輸出先を、大手食品会社が見つけているため、大豆農家は中国ほどの痛手は受けていない。中国にとって大豆への高額関税は、“大ブーメラン”になってしまった。

 中国人にとって大豆は不可欠の食材。食用油や豆腐などの原料として、幅広く使われる。油を搾り取った後の大豆粕(だいずかす)は、豚の重要な飼料になる。

 米国からの輸入が途絶えたことで、大豆はもちろん大豆粕の価格も急上昇。今回訪れた河南省では、1キログラム当たり2元台(約33円)から、ほぼ倍の4元近くまで急騰した。

 飼料の価格上昇を、豚肉の出荷価格に全て転嫁することは難しい。畜産農家は、冒頭のRさんのような状況に陥った。

 大豆粕の生産現場はどうなっているか。河南省のある食用油製造工場を訪れた。この工場では食用油は毎日1千トン、大豆粕は4千トンの生産能力がある。しかし、2千平方メートルの広い倉庫兼荷積み施設は空っぽ。本来山積みされているはずの大豆粕は、隅にわずかに積んであるだけ。勤続10年の従業員はこう説明する。

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