「そうですか。ひとつ今後ともよろしく」とお父さん。そうか、これで良かったんだ(いいはずがない)。

 ご両親と打ち解けたのかよくわからないうちに、なし崩し的にお父さん自ら、私をお鍋でもてなしてくれた。やっぱりこれで良かったんだな(うーん、結果オーライなんだろうか)。

「ニャー」。居間に真っ白なネコが入ってきた。お父さんは「おー、サイチャンも来たかー」。お母さんも「サイチャン、ご飯あるよー」。彼女も「サイチャン!」。なんだよ。『斎藤』って呼んでるわけじゃないのかよ。ルックスはそこそこだし、声も抜群……? よくわからん。

 ビールでほろ酔いの私も「サイチャン! これからよろしくねー!」と調子よく呼び掛けた。「…………………………………チッ」。明らかに舌打ちだった。ネコも舌打ちするんだね。その後、斎藤さんとはたびたび顔を合わせたが我々は打ち解けることもなく、斎藤さんは数年前に20歳で大往生を遂げた。今まで私が付き合いのあったネコは、このカミサンの実家の斎藤さんだけ。ほら、話が膨らまない。

週刊朝日  2018年12月28日号

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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