室井佑月(むろい・ゆづき)/作家。1970年、青森県生まれ。「小説新潮」誌の「読者による性の小説」に入選し作家デビュー。テレビ・コメンテーターとしても活躍。自らの子育てを綴ったエッセー「息子ってヤツは」(毎日新聞出版)が発売中
室井佑月(むろい・ゆづき)/作家。1970年、青森県生まれ。「小説新潮」誌の「読者による性の小説」に入選し作家デビュー。テレビ・コメンテーターとしても活躍。自らの子育てを綴ったエッセー「息子ってヤツは」(毎日新聞出版)が発売中
イラスト/小田原ドラゴン
イラスト/小田原ドラゴン

 作家の室井佑月氏は今の日本社会を、の世界に喩える。

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*  *  *

 ブチ猫のサブローがつぶやく。

「なんで、お腹が空くとゴミでも食べちゃうんだろ。なんで、走ってくる車を避けちゃうんだろ。なんで、生きちゃうんだろう」

 あたしもたまにおなじようなことを思う。

「なんで、あたしたちは、暖かいところに連れてってもらえないのかって。人間に抱っこされるのなんか死んでも嫌だけど」

 ガリガリの三毛婆さんが、教えてくれた。

「それは生まれたところが悪いのさ」と。

 窓越しにこちらを見下ろすモフモフは、お母さんもお父さんも、暖かいところで生まれた猫なんだって。

 そんなのおかしい。あたしはゴキブリもネズミも捕れる。

 自分でいうのもなんだが、真っ白な美猫だ。

 でも婆さんは負けない。

「そんなのたくさんいるよ。もうそんなところに価値はないんだよ」

 じゃ、どうすれば良いのか。サブローがいう。

「捨て猫が暖かい部屋へ連れていってもらえた、って話があるけど、我々が真面目にネズミを捕ったりするための、おとぎ話かも」

 そうそう噂といえば、このところ変な噂が流れている。この街にネズミが増えてきたから、他所から猫を連れて来るらしいって。

「新しいともだちができるといいな」

 あたしがそういうと、サブローは馬鹿じゃないの、という表情でこちらを見た。

「みんなでネズミを狩って、街にネズミがいなくなったらどうなる? 俺らの口にするものは少なくなるし、そうなったら他所者ともどもお払い箱さ。今度はネズミじゃなく、俺らが保健所に追われる身になったりね」

「じゃ、人間はあたしらがいらないと思ってるの?」

「やつらにとって、従順なモフモフだけが猫なのさ。そして、モフモフもおなじ猫なのに、俺らのことは眼中に無い」

「寒いな」とサブローが身体をすり寄せてきた。あたしはそれとなく身体を離した。

 子どもなんて産みたくない。だって、あたしたちの子は、決してモフモフにはなれない。

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室井佑月(むろい・ゆづき)/作家。1970年、青森県生まれ。「小説新潮」誌の「読者による性の小説」に入選し作家デビュー。テレビ・コメンテーターとしても活躍。「しがみつく女」をまとめた「この国は、変われないの?」(新日本出版社)が発売中

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