たった一瞬の出来事が、恥ずかしくてそしてうれしかったのを覚えています。あのときの温かさは、寝たふりをしている私を車から布団へと運んでくれた父と同じものでした。温かい手に包まれ、苦しかった世界から飛び出し、空を飛んだ瞬間。ひげの先生の笑顔は愛にあふれていました。

 愛情をもって誰かに抱き上げられることはうれしいことです。体がすっと宙を浮いたときに感じる、驚きとうれしさとちょっぴりの恥ずかしさは、大人になってからは経験しがたい幸せのひとつです。診察室で泣いているお子さんを見ると、ひげの先生が抱き上げてくれたことを思い出します。アトピーのお子さんについて心配そう語る保護者の方と話すと、一晩じゅう背中をさすってくれた母親の感触がよみがえります。

 私は子どもの頃、喘息でつらい経験をしたのかもしれないけど、たくさんの愛をもらって育ちました。ひげの先生がしてくれたように、私も子どもたちの心に愛を残せたらいいなと思っています。

◯大塚篤司(おおつか・あつし)/1976年生まれ。千葉県出身。医師・医学博士。2003年信州大学医学部卒業。2012年チューリッヒ大学病院客員研究員を経て2017年より京都大学医学部特定准教授。皮膚科専門医。がん薬物治療認定医。がん・アレルギーのわかりやすい解説をモットーとし、作家として医師・患者間の橋渡し活動を行っている。Twitterは@otsukaman

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大塚篤司

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大塚篤司(おおつか・あつし)/1976年生まれ。千葉県出身。医師・医学博士。2003年信州大学医学部卒業。2012年チューリッヒ大学病院客員研究員、2017年京都大学医学部特定准教授を経て2021年より近畿大学医学部皮膚科学教室主任教授。皮膚科専門医。アレルギー専門医。がん治療認定医。がん・アレルギーのわかりやすい解説をモットーとし、コラムニストとして医師・患者間の橋渡し活動を行っている。Twitterは@otsukaman

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