グループ名そのままのデビュー・アルバムを発表し、シングル「ダウン・オン・ミー」がヒットはしたものの、地元周辺で知られるだけの存在だった。

 67年、モンタレー・ポップ・フェスティヴァルに出演すると、ジャニスの圧巻の歌唱力が観衆の度肝を抜き、強烈な印象を残した。衝撃を受けたコロムビア・レコードのクライヴ・デイヴィスは旧レーベルの契約を20万ドルで買い取り、新たに契約した。

 公演でのパフォーマンスに定評があったことからセカンド・アルバムはライヴ盤の制作をめざした。しかし、収録した曲に修正不能なミスが目立ったため、スタジオ録音に歓声や拍手を重ねた疑似ライヴ盤に方針を変更。『チープ・スリル』と題して発表すると、全米アルバム・チャートを駆け上り、8週にわたって1位を記録した。

 サム・アンドリューとジェイムス・ガーリーによるラウドなギターを軸にしたバンドのアンサンブルは、サイケデリック・ロックの色彩が濃く、スリリングな展開。それにもまして、ジャニスの歌が圧倒的だった。名曲「サマータイム」では、しゃがれ声でうなるように歌い出し、絶唱を聴かせる。アイラ&ジョージ・ガーシュウィン作のミュージカル・チューンで、多くのミュージシャンがカヴァーしてきたが、ジャニスが最上と言っていい。

 アーマ・フランクリンの「心のカケラ」では、ヘヴィーなロック・スタイルへと変化した演奏をバックに、ソウルフルな熱唱を聴かせる。シングルとしてヒットし、ジャニスの代表曲に数えられている。

 ビッグ・ママ・ソーントン作の「ボールとチェーン」では、自身を見つめる客観的な描写から、愛にすがる切実な心情を感情むき出しに歌う。

 以上の3曲は、50年前の発売時にとりわけ大きな話題を呼んだ。

 今回の記念盤では、歓声や拍手などの効果音は外され、スタジオ収録そのままの演奏を聴くことができる。

 ディスク1は全14曲。基本的にオリジナル盤と同じ曲順に沿い、別テイクを並べている(5曲目の「ハリー」は未発表曲)。「愛する人が欲しい」でのピアノとギターとの掛け合い、「オー、スウィート・マリー」のシタールなどは完成曲と異なる展開で、興味深い。

 ディスク2には「サマータイム」「心のカケラ」の別テイクのほか、ガレージ・ロック的な「マジック・オブ・ラヴ」、3連のブルース「ミズリー」など13曲、16テイクを収録している。いずれも『チープ・スリル』が生まれた過程を明らかにするとともに、全力で録音に取り組んだジャニスの熱意がくみとれるのが興味深く、ジャニスの歌に圧倒される。

次のページ
デイヴィッド・ゲッツの解説では…