イラスト/阿部結
イラスト/阿部結

 SNSで「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれるノンフィクション作家・山田清機さんの『週刊朝日』連載、『大センセイの大魂嘆(だいこんたん)!』。今回のテーマは「施す」。

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 仏教には、「喜捨(きしゃ)」という言葉があるそうだ。

 例によって、大センセイの愛する新明解国語辞典(第四版)を引いてみると、次のようにある。

【喜捨】
 進んで、寺に寄付したり貧しい人に施し物をしたりすること。施与(セヨ)。

 喜捨とか施与は、要するに布施と同じようなもので、金額ややり方が決まっているわけではなく、各々が自発的にやることらしい。

 金品を自ら進んで人にあげちゃったりすると、人間は欲やら執着心やらを物と一緒に手放すことができるという。つまり喜捨とは、仏教の修行のひとつなんであるな。

 喜捨がそのようなものだとすると、大センセイが過去に行ったあれは、果たして喜捨だったのかどうか。いま思い出しても、実に微妙な気持ちになる。

 ある年の秋の終わりのこと、大センセイ、前の年まで着ていた赤いダウンジャケットがひどく汚れているのに気づいて、買い替える決心をしたのである。しかし、その真っ赤なダウンは表地が汚れているだけで機能的にはまったく問題がなかった。しかも、大センセイの持ち物にしては、高価なものでもあった(一般的にはたいしたことはない)。

「まだ着られるのに燃えるゴミに出すのは、もったいないなぁ……」

 捨てるかどうしようか迷っていると、ある妙案が脳裡に閃いた。

「そうだ、あの橋の下で暮らしているホームレスの人にあげてはどうだろう。直接手渡すのはなんだから、さりげなく小屋の近くに置くのだ。そうすれば彼を傷つけることもないし、ダウンも無駄にはならない」

 大センセイ、この名案にひとり膝を打った。そして、計画を粛々と実行に移した。橋の下の小屋からホームレスの人が出かけている時間を見計らって、赤いダウンをそっと置いてきたのだ。

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山田清機

山田清機

山田清機(やまだ・せいき)/ノンフィクション作家。1963年生まれ。早稲田大学卒業。鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』(第13回新潮ドキュメント賞候補)、『東京湾岸畸人伝』。SNSでは「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれている

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