「お兄さん、ちょっと話を聞いて下さいよ。私の夫は脳卒中で倒れて聖マリアンナに入院していて、治療費はかかるし、収入はなくなるしで、私はもうお米を買うお金さえないんです」

「行政に相談して下さい」

 クールに突き放すと、婆さん、突然手を合わせた。

「三〇〇円でいいからネ」

 いまにして思えば、婆さんから金額を指定されるのもおかしな話だが、三〇〇円ならいいかと思って、大センセイ、お金を渡しちゃったんである。

 後日、友人に話すと、

「バカだなお前、その婆さん物乞いが趣味で、本当はベンツかなんか乗ってるかもしれないぜ」

 という見解であった。

 さて、第三の拝まれ体験は、横浜の中華街であった。

 訳あって、早朝の人気のない中華街を歩いていると、向こうから龍の刺繍の入った黒いジャンパーを羽織った男が、こちらに向かって一直線に歩いてきた。

 てっきり因縁をつけられるものだと思って身構えると、いきなり拝まれた。

「ダンナ、私、貧困な状態にありまして……」

「貧困な状態」という物言いが面白いと思ったが、もう騙されない。

「一〇〇〇円でいいんで」

 金額指定も拒否する。

「ダンナ、頼んますよ」

「こっちも貧困なんだよ!」

 男はチッと舌打ちをすると、離れていった。拝まれた上にお金を貰えるのは、神仏だけのようである。

週刊朝日  2018年12月7日号

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山田清機

山田清機

山田清機(やまだ・せいき)/ノンフィクション作家。1963年生まれ。早稲田大学卒業。鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』(第13回新潮ドキュメント賞候補)、『東京湾岸畸人伝』。SNSでは「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれている

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