(イラスト/阿部結)
(イラスト/阿部結)

 SNSで「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれるノンフィクション作家・山田清機さんの『週刊朝日』連載、『大センセイの大魂嘆(だいこんたん)!』。今回のテーマは「拝まれた」。

*  *  *

「俺、人からよく道を聞かれるんだよね」

 という人は、意外にたくさんいるものである。

 この手の人は、暗に自分は人に安心感を与える感じのいい人間だと言いたいのだと思うが、無論、大センセイもよく道を尋ねられる。「ハゲに悪人なし」という諺を信じている人が、案外多いのかもしれない。

 では、人から拝まれたことがあるかと問われたら、読者はどう答えるだろう。「ある」という人は、ほとんどいないのではないか。

 自慢ではないが大センセイ、これまでの人生で三度、拝まれたことがある。

 一回目の拝まれ体験は、能登半島の輪島という町で、名物の朝市を見物しているときに起こった。

 電柱の脇に、割烹着にモンペ姿の老婆が小さな段ボールを敷き、地面に膝をついて道行く人に何か懇願している。段ボールの上には竹細工のフクロウ人形が数体。近づいてみると、

「ババの作ったフクロウじゃ、どうか買っておくれ」

 と念仏のように唱え続けている。それは相当に悲惨な姿だったので、思わず買ってあげようかと思ったら、いきなり拝まれた。

「ありがたや、ありがたや、ババの作ったフクロウじゃ、ありがたや、ありがたや」

 驚いて少し遠ざかると、なんと電柱の後ろからクリップボードを手にしたスーツ姿の男が現れたのだ。

 男は背後から婆さんに近づくと、ボードに挟んだ書類に何か記入している。どうやら売れた個数をチェックしているらしい。

 つまり、老婆への同情を出しにした姑息なビジネスだったのだ。もちろん買うのはやめにしたが、チンピラのテカにされている老婆こそ、哀れであった。

 二回目も、やはり婆さん絡みであった。すでに輪島を体験していた大センセイは、婆さんにはそうそう騙されない肚が出来ている積もりだったが、第二の婆さんは意表を突いて、いきなり自転車の前に躍り出てきたのである。やはり割烹着を着て、今回は前掛けをしている。

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山田清機

山田清機

山田清機(やまだ・せいき)/ノンフィクション作家。1963年生まれ。早稲田大学卒業。鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』(第13回新潮ドキュメント賞候補)、『東京湾岸畸人伝』。SNSでは「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれている

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