【文豪の湯宿】妻の恋愛スキャンダルで傷心 歌人・吉井勇が愛した宿 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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【文豪の湯宿】妻の恋愛スキャンダルで傷心 歌人・吉井勇が愛した宿

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鈴木裕也週刊朝日
徳川家康から「諸人の病気を治すこと不思議なほどの効果がある」と称された天然硫黄泉が自慢の宿。安倍川最上流の山奥の自然を満喫できる

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右が吉井勇。第1歌集を『酒ほがひ』(「酒宴」を意味する)と名づけたほど酒を好んだ

右が吉井勇。第1歌集を『酒ほがひ』(「酒宴」を意味する)と名づけたほど酒を好んだ

 文豪たちの作品に登場する温泉宿を訪ねる連載「文豪の湯宿」。今回は「吉井 勇」の「梅薫楼」(静岡県・梅ケ島温泉)だ。

【北原白秋と並び称される歌人の吉井勇の写真はこちら】

*  *  *
 北原白秋と並び称される歌人の吉井勇が静岡の秘境・梅ケ島温泉を訪れたのは昭和14年5月22日のこと。

 それまでの5年半は辛苦の時期だった。昭和8年に世間を騒がせた華族の恋愛・不倫醜聞“不良華族事件”に深く関与した妻と別居。爵位返上を宣言して信州、四国路などを放浪しながら、短歌雑誌への投稿や揮毫などで食いつなぐ日々だった。

 そんな吉井に手を差し伸べたのが静岡の同人仲間「可美古会」の面々だった。彼らの招きで昭和11年、静岡市のはずれに仮寓する。だが、穏やかに過ごすには、東京に近すぎたため、3カ月後には再び流浪の身となる。昭和13年冬、京都に居を構えて、ようやく吉井の身辺は落ち着いた。

 吉井が梅ケ島温泉を訪れたのは、恩返しのため。梅薫楼は同人仲間の手塚忠告が経営していた。仲間4人は湯の中で、部屋で、大いに歓談痛飲。用意したウイスキーの大型瓶はあっという間に空になったという。

<金の湯にひと夜浴みなばうつし世の愁いかなしみなべて忘れむ>

 3日間の滞在中、吉井が詠んだ梅ケ島の歌43首は、のちに「梅ヶ島遊草」として発表された。(文/本誌・鈴木裕也)

■梅薫楼(ばいくんろう)
静岡市葵区梅ケ島5258−4

週刊朝日  2018年12月7日号


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