AVがポルノ映画に勝った理由 名作を紐解く (1/3) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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AVがポルノ映画に勝った理由 名作を紐解く

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加藤鷹さんはAV男優引退後もタレントとして活躍している=2014年、東京都内(c)朝日新聞社

加藤鷹さんはAV男優引退後もタレントとして活躍している=2014年、東京都内(c)朝日新聞社

「アダルトビデオの新人類」と言われた黒木香さん=1987年、東京都内(c)朝日新聞社

「アダルトビデオの新人類」と言われた黒木香さん=1987年、東京都内(c)朝日新聞社

国道沿いにはAVの自動販売機も現れた=1986年、埼玉県川越市(c)朝日新聞社

国道沿いにはAVの自動販売機も現れた=1986年、埼玉県川越市(c)朝日新聞社

 社会風俗・民俗、放浪芸に造詣が深い、朝日新聞編集委員の小泉信一が、正統な歴史書に出てこない昭和史を大衆の視点からひもとく「裏昭和史探検」。今回は日活ロマンポルノから主役の座を奪った「アダルトビデオ(AV)」。周囲の目を気にしながらこっそりと劇場に足を踏み入れる時代は終わり、自宅で好きな時間に好きなシーンを好きなだけ見ることが可能になった。

【写真】「アダルトビデオの新人類」と言われた黒木香さん

*  *  *
 ロマンポルノの話から。日活は昭和53(1978)年に社名を「にっかつ」に変更してイメージ刷新を図ったが、やがて終焉を迎える。昭和63年4月14日の記者会見。ポルノを自社製作しない方針を明らかにし、ロマンポルノの商品名も「ロッポニカ」にすると発表したのである。

 背景をもう少し探ろう。関根恵子、五月みどり、高田美和、畑中葉子、今陽子……。そうそう美保純もいたなあ。にっかつは有名女優や人気者を脱がせる路線で息を吹き返したかに見えたが、実際の配給収入で見ると違った。昭和57年の39億895万円をピークに減り始め、昭和62年は22億7千万円まで落ち込んだ。その理由の第一に、同社はアダルトビデオの普及を挙げた。

「確かに時代は大きく変わろうとしていました」

 そう話すのは、AV業界の動向に詳しいライター藤木TDCさん(56)である。著書『アダルトビデオ革命史』(幻冬舎新書)によると、裏ビデオ「星と虹の詩」が流通を目的として関西で発売されてから2年後の昭和56年5月、「ビニ本の女・秘奥覗き」「OLワレメ白書・熟した秘園」の2作が世に出た。これがめでたくも日本のAV第1号と言われている。

「2作とも脚本を準備し、カットを割って撮影されたごくオーソドックスな劇映画のスタイルだったそうです。ただし、フィルム撮りされて劇場公開されるポルノ映画とは別ルートの流通をめざした新商品でした」(藤木さん)

 昭和56年というのは、映像メディアにとって画期的な年だった。「青山涼子」という芸名のヌードモデルだった愛染恭子が映画「白日夢」(武智鉄二監督)に出演。本邦初というハードコアポルノで世間の注目を集め、「本番女優」とマスコミに騒がれた。十数分の長い性交シーン。相手役は名優・佐藤慶だった。


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