動物の行動欲求に沿った飼育方法なら、健康な家畜が育つ。それを食べる人間の健康にもつながる。

 生産性や効率性を重視する工場型では、家畜の成長促進や病気予防のため、多種多様な薬剤を投与する。必要不可欠な薬もあるが、それらが私たちの体にも入ってくることを忘れてはならない。特に問題になっているのが抗生物質(抗菌剤)だ。

 農林水産省によると、11年に日本全体で使われた抗生物質のうち、動物向けの使用量(飼料添加物と動物用医薬品の合計)が58%も占める。畜産物1キロあたりの使用量では、米国の2倍以上にのぼるというデータもある。

 さらに驚くべきことに厚生労働省が今年3月、国産鶏肉の59%から、どの抗生物質も効かない菌を検出したと報告した。

 抗生物質を多用した食肉を食べていると、知らず知らずのうちに自分の体に薬物耐性のある菌が増えてしまい、重篤な病気にかかったときに抗生物質が効かないという事態になりかねない。

 抗菌薬や抗ウイルス薬が効きにくい、または効かない「薬物耐性」に起因する死亡者数は世界で年間約70万人いるとされる。それが2050年には1千万人に達するとの予測も。これらの数字を受け、農水省や厚労省は普及啓発サイトなどを作って警鐘を鳴らすが、畜産業界にはなかなか広まらない。

 日本でも、工場型畜産システムからアニマルウェルフェア型に転換し、薬剤を多用せずとも、家畜が動物本来の生命力を育める環境づくりが不可欠だ。しかし、松木さんは「その実現性は低い」と言う。

「動物の行動欲求を満たす飼育法を昔から実践している畜産業者や、工場型から切り替えた熱心な業者もいます。しかしそれは一部で、鶏のケージ飼育はいまだに国が助成し、90%以上の養鶏場で行われています。EU全土で禁止された豚の妊娠ストール飼育も、当たり前のように行われています。日本全体として、今のEUの畜産レベルに追いつくのに20年はかかると思います」

 今後、海外からの畜産物の輸入量が増えるにつれて、アニマルウェルフェア型の畜産物の輸入量も増えることが見込まれる。

「実は国産物より安全性も品質も高いということが広く知れ渡れば、日本の畜産物は太刀打ちできず、畜産業界が退化する恐れも否めません」(松木さん)

 国は国内畜産物の輸出を伸ばそうともしている。実際、牛肉の輸出量は伸びていて、脂が細かく入った霜降り肉は人気が高いと言われる。しかし、霜降りを増やすために黒毛和牛は過剰に栄養価を高めた濃厚飼料を与えられて病気に侵され、内臓廃棄率が6割にものぼっている。松木さんは、そうした飼育の実態が海外に知れ渡る日も遠くなく、そのとき起きることをこう予測する。

「90年代を中心に、欧州ではフォアグラ用にアヒルやガチョウに強制給餌するのは動物虐待だとバッシングが起きて強制給餌が禁止されました。その動きは米国や南米にも広がっています。同じようなバッシングが日本の霜降り牛に対しても起こり得るでしょう」

 日本の畜産業は、構造的な転換を求められているようだ。(茅島奈緒深)

週刊朝日  2018年12月7日号