下垂体は脳の底にあり、ホルモンの分泌をつかさどっている器官。鼻の奥から近く、メスが届きやすいため、ここから顕微鏡を挿入し、患部を見ながら切除する方法が普及している。佐伯医師はこの手術に神経内視鏡を使用している。

「神経内視鏡を使う一つ目の目的は患者さんの負担を減らすことです。顕微鏡手術では、手術道具を入れる際に切開をする部分がどうしても多くなりますから。二つ目は、内視鏡を使うとより明るく広い視野角で観察できるので、顕微鏡では死角となっていた部分がよく見えること。いままでできなかったケースにも手術適応が広がるようになりました」(佐伯医師)

 顕微鏡手術と内視鏡手術を比較した調査では、内視鏡のほうが腫瘍の摘出率が高い、という報告が最近増えているという。

 山田さんの手術が実施された。まず、全身麻酔下で鼻の穴を消毒。内視鏡を鼻から挿入して、中の構造をよく調べる。カメラを見ながら鼻中隔( 鼻腔の内部を左右に仕切る壁)の粘膜を2センチほど、小さく切開する。その粘膜の穴ごしに、副鼻腔の入り口である蝶形骨洞(ちょうけいこつどう)の骨構造を広げると、下垂体が入っているトルコ鞍という骨のくぼみがあらわれる。

 骨の一部をドリルで削り、中にある下垂体から腫瘍の部分だけを専用の器具で吸引し、取り出す。 山田さんの場合、腫瘍がトルコ鞍の上のほうにあり、内視鏡でないと見えにくい位置だった。従来だと取りきれない可能性もあった。手術は2時間程度で終了。術後2~3日で視野欠損は元に戻り、1週間後には退院できた。

「ただし、内視鏡でむずかしい手術をするようになった分、血管の損傷や脊髄液が漏れる髄液漏などの合併症が増えています」(同)

 一方で、この内視鏡手術では、対象が下垂体腫瘍から頭蓋底(頭蓋骨の底面、脳を支える骨の部分とその周囲)の腫瘍にまで広がってきている。

「頭蓋底手術は開頭手術だけでは困難なケースであり、内視鏡手術単独、あるいは開頭術と併用することで、切除できる範囲が広がってきており、大きな進歩が見られます。しかし、下垂体よりもさらに奥に手術器具を入れなければならない手術ですから、切開する粘膜や削る骨の範囲も広く、それだけ合併症のリスクも高くなります。このため鼻の手術に慣れている耳鼻咽喉科や、血管損傷にすばやく対応できる血管外科と連携して手術をする態勢が不可欠です」(同)

 このように、期待が大きい神経内視鏡手術だが、施術には相応の技術が必要ということだ。 日本神経内視鏡学会では2006年から技術認定制度を設置し、学会レベルで安全な手術の普及につとめている。12年の時点で426人の認定医がおり、脳神経外科専門医の6%に相当する。この認定医を取得していることが医師選びの基準の一つになるだろう。

※週刊朝日ムック『新「名医」の最新治療 2013』から抜粋。医師の所属は当時。

(文/狩生聖子)