しかも、効果の表れ方が早い。同じく臨床試験を担当した日本医科大学病院皮膚科教授の佐伯秀久医師は、こう話している。

「初回治療でかゆみが軽くなったと話す患者さんがかなりいました。臨床試験では、その薬が実薬かプラセボか、医師も患者さんも知りませんが、『これは実薬』と直感した患者さんもいたとか。それだけ効果が実感できるのだと思いました」

 中原医師も、「皮膚病変の改善よりかゆみの軽減のほうが先に表れる」と話す。

 デュピルマブはなぜかゆみを減らすのか。

 かゆみを起こす物質としてはヒスタミンがよく知られており、アトピー性皮膚炎の標準的な治療でも抗ヒスタミン薬が用いられる。しかしアトピー性皮膚炎では、ヒスタミン以上に、インターロイキン(IL)という物質の関わりが大きいと考えられている。

 ILは、免疫担当細胞であるリンパ球が産生する物質だ。リンパ球の種類は多いが、アトピー性皮膚炎では「2型ヘルパーT(Th2)細胞」が過剰反応する。

 このTh2が産生するIL−4やIL−13がかゆみや炎症を起こし、皮膚のバリア機能も低下させる。デュピルマブは、IL−4やIL−13からの情報が伝達されないようにするので、かゆみにも炎症にも皮膚バリア機能にもよい。かゆいと、かいてバリア機能を低下させ、さらにかゆくなるという悪循環に陥るので、かゆみが抑えられるのは大きな利点だ。

 症状がコントロールされたら、注射をいつやめるかが問題になる。現在は、よい状態が半年続いたら中止を検討することが推奨されている。やめて症状がぶり返しても再投与できるので、通院や費用の負担を考えたら、いったんやめるのも一つの手だ。

 副作用は少ない。ときにアレルギー性結膜炎がみられるが、治療は点眼薬を使いながら継続できることが多い。生物学的製剤は、皮膚科では病院などの認定施設でしか処方できないことが多いが、この薬は安全性が高く、クリニックでも処方できる。すでに多くの開業医が使っているという。

■症状が精神面や生活の質に影響

 疾病負荷という概念がある。きちんとした定義はないが、ある病気の症状と、それに伴う日常生活での障害や精神的な負担のことだ。

 アトピー性皮膚炎はかゆみを伴う湿疹が主症状で、悪化と改善を繰り返す。これにより、日常生活では睡眠障害による日中の眠気や疲労感、かゆみによる集中力の低下などが起こる。精神的な負担としては、見た目の恥ずかしさ、気分の落ち込み、恋愛・結婚就職・出産など将来に対する不安などがある。成人にとって、こうした疾病負荷は大きい。

 中原医師は17年、300人の患者を対象に、疾病負荷に関する調査をしている。そのうち、精神面への影響を尋ねる質問では、回答に「死んでしまいたいと思ったことがある」という強い表現の選択肢を入れた。すると、13.0%がそれを選んだ。その人たちを含め、精神面に影響があると答えた人は79.3%に及んだ(円グラフ参照)。10人中8人が精神的な負担を感じており、そのうちの1人は死を思うほどのダメージを受けていることになる。

 また、生活の質(QOL)に影響があると答えた人は85.7%にのぼった。

「アトピー性皮膚炎がQOLに及ぼす影響は、がんの場合より大きいのです。しかし、命に関わらない、かゆいだけだから我慢をなどと言われ、つらさをわかってもらえないというつらさがあります」(中原医師)

 それがストレスとなり、紛らわすためにかく、するとますます皮膚の状態が悪くなり、それを見て落ち込むという負のスパイラルに入り込む。次回は、それをどう断ち切るかを紹介する。

◯九州大学病院皮膚科准教授
中原剛士医師

◯日本医科大学病院皮膚科教授
佐伯秀久医師

(文/竹本和代)

※週刊朝日11月30日号から