突然死の友人を「死亡確認」した皮膚科医 10年後に届いた亡き友からの“メール” (2/3) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

AERA dot.

突然死の友人を「死亡確認」した皮膚科医 10年後に届いた亡き友からの“メール”

連載「現役皮膚科医がつづる “患者さんと一緒に考えたいこと、伝えたいこと”」

このエントリーをはてなブックマークに追加
大塚篤司週刊朝日#ライフ
大塚篤司/1976年生まれ。千葉県出身。医師・医学博士。2003年信州大学医学部卒業。2012年チューリッヒ大学病院客員研究員を経て2017年より京都大学医学部特定准教授。皮膚科専門医

大塚篤司/1976年生まれ。千葉県出身。医師・医学博士。2003年信州大学医学部卒業。2012年チューリッヒ大学病院客員研究員を経て2017年より京都大学医学部特定准教授。皮膚科専門医

「患者さんの病気を治したい」(写真/getty images)

「患者さんの病気を治したい」(写真/getty images)

 女性医師が多い皮膚科同期の中で、数少ない男性医師の僕らはすぐに意気投合しました。

 飲みながら医療についてよく語ったし、そして合コンにも一緒に行きました。彼はとにかくモテました。毎週のように違う女性から声がかかっていたのを僕はうらやましく見ていました。

 ある時、合コンに参加していたきれいな女性がどこかの大学教授の娘だと聞いて、慌てて二人で逃げ帰ったことがあります。万が一、失礼なことをしてしまったらこの世界では生きていけない。酔っ払って粗相をしてしまう前に帰ろう。「白い巨塔」の世界を信じ切っていた僕ら二人は、観光客がごった返す繁華街を笑い転げながら歩きました。

 12月のある日、彼は突然この世からいなくなりました。

 死因はわかりません。血圧が少し高いのと不整脈があることだけは知っていました。

 朝からずっと連絡の取れない彼が心配で、警察と一緒にアパートの部屋に入りました。そして既に冷たくなっていた彼に会いました。

「死亡確認お願いします」

 警察に促され、最初、僕は断りました。

「友人の死亡確認はできません」

 すぐになぜか、他の知らない誰かに死亡確認されることをものすごく嫌だと思いました。僕は泣きながら警察の書類にサインしました。

 夜になって実家から駆けつけたご両親が泣き崩れる姿を見て、僕はこれ以上泣いちゃいけないと思いました。一番の苦しみと悲しみを感じているのは僕ではない。間違いなくご両親です。

 僕はその後、平くんの死について真正面から考えることを避けていました。突然の別れの衝撃があまりに大きく、平くんと過ごした日常の日々の記憶を消し去ってしまいそうだったからです。

 A.デーゲン、柳田邦男著『<突然の死>とグリーフケア』には、亡くなった人と自分が一緒に過ごすはずだった時間が突然断ち切られた後の心理プロセスについて詳細に記載されています。

 身近な人であればあるほど、その人が突然いなくなってしまったショックは大きい。第一段階として死者とともに逝ってしまいたいと感じます。そして、第二段階として死者とともにありたいと強く思います。故人との別れの儀式が一回限りではなく複数回行われるのは、死者とともに生きようとする段階へ促す仕組みであると言われています。第一段階、第二段階をなんとか乗り越えて、第三段階として「故人の遺志」を見いだし、社会にどのように役立てるか考える「遺志を社会化する」に進む場合があると、精神科医の野田正彰氏は指摘します。

 あの日から10年以上の歳月がたちました。


トップにもどる 週刊朝日記事一覧

関連記事関連記事

このエントリーをはてなブックマークに追加
あわせて読みたい あわせて読みたい