【文豪の湯宿】姉妹のように仲良く 林芙美子が心を許した“もてなし”の宿

鈴木裕也週刊朝日
芙美子(写真左)と2代目女将・小林マツ(右)は姉妹のように仲が良かった
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芙美子(写真左)と2代目女将・小林マ...

 文豪たちの作品に登場する温泉宿を訪ねる連載「文豪の湯宿」。今回は「林 芙美子」の「塵表閣本店」(長野県・上林温泉)だ。

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 温泉好きで、各地に逗留した林芙美子にとって、塵表閣は特別な宿だった。初めて訪れたのは作家として芽が出る前の昭和3年夏。夫となる緑敏(まさはる)の故郷を訪れた際に宿泊し、大いに気に入ったらしく、11月に再訪。さらに年末から正月にかけても宿泊するなかで、女将と芙美子は心を通い合わせた。

 こんな宿で執筆できるような作家になると決意したとおり、昭和5年には『放浪記』で人気作家になる。

 戦時下の昭和19年には家族3人で塵表閣に疎開。昭和22年には数カ月滞在して、2階の客室「二人静」に籠もり『うず潮』を書き上げた。

 女将は芙美子の仕事を全力で後押しした。執筆中は子供を預かり、休憩中は居間や風呂で長話の相手を喜んで引き受けた。時には連れ立って町に出かけ、並んでパチンコを打ったという。深夜まで原稿を書く芙美子のために、綿入りの着物を縫ってやり、夜食に鶏すきや野菜たっぷりのすいとんを振る舞った。

<私は宿命的に放浪者である。私は古里を持たない>と『放浪記』の冒頭部に記した芙美子だが、塵表閣だけは心を許せる場所だったようだ。

(文/本誌・鈴木裕也)

■塵表閣本店(じんぴょうかくほんてん)
長野県山ノ内町平穏1409

週刊朝日  2018年11月9日号

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