「歯周病菌を投与していないマウスにも老人斑は見られましたが、投与したマウスに比べて大きさも数も、その違いは歴然としています」(松下部長)

 さらに脳内を調べると、歯周病菌がつくりだす毒素も増加。脳の炎症も強くなり、免疫細胞が活性化して脳の神経細胞を攻撃し、神経伝達にも異常がおきていました。歯周病菌がアルツハイマー病を増悪させていることがわかったのです。

 しかし脳には「血液脳関門」と呼ばれるゲートがあり、細菌やウイルスは通過できないはずです。なのになぜ歯周病菌は脳内に入り込めるのでしょう。

「Pg菌はもともと、歯肉や歯槽骨を分解してエサにする菌です。それが血管の中に入り込んだとき、血管の細胞も攻撃し、脳関門を脆弱にしているのだと考えられます」(同)

■歯周病菌が脳内の酸化ストレスを増悪

ほかにも、アルツハイマー病と歯周病との関連性を示す研究があります。

 日本大学の研究チームは、歯周病の原因菌によって作られる「酪酸」という物質に注目しました。健康なラットの歯肉に酪酸を注射したところ、脳内の各部位で酸化ストレスが上昇しました。なかでも、記憶をつかさどる「海馬」でのストレスが顕著だったそうです。酸化ストレスのために、細胞や組織が悪影響を受け、認知機能が低下するのではないか、という仮説があります。

 また、アルツハイマー病の脳神経細胞内で過剰に増える「タウ」と呼ばれるたんぱく質も、通常のラットに比べて4割以上も増加していました。

 酪酸は、歯周病患者の歯周ポケットで多く見つかる物質。これが血液の中に入り込んで、血液脳関門を突破して脳内に入り込んでいったのではと考えられているのです。

■50代の歯周病が認知症の引き金に

 疫学的な調査でも、歯周病罹患者がアルツハイマー病を発症するリスクが高いことがわかっています。

 松下部長は「歯周病はアルツハイマー病を増悪させるが、原因となっているわけではない」と言います。しかし、さまざまな観点から見て、歯周病を予防することが認知機能の低下を防ぐことになるのは確かだとも考えているそうです。だからこそ、早い段階で歯周病の治療をすべきと訴えます。

「アミロイドβの蓄積は、50歳前後から始まるといわれています。それから20年以上かけて老人斑ができ、脳神経が変性して、70代で認知症を発症するのが一般的な流れです。同様に、歯周病に罹患する人が増えるのも40~50代。この時期から歯周病の予防をしっかりすることで、認知症の発症を遅らせたり、増悪することを防ぐことができるのではないでしょうか」

■歯がなくても注意!入れ歯にも菌がいる

 では、すでに歯がない人は歯周病にはならないので、アルツハイマー病とは関係がないのでしょうか?

「そうではないと思います。歯周病菌は歯のない人からも見つかっています。舌苔(ぜったい)の中にすみついていたり、入れ歯のデンチャー(土台)にすみついたりします。入れ歯であっても口腔ケアは必要なのです」(同)

(文/神 素子)

※週刊朝日ムック『60歳からはじめる 認知症予防の新習慣』から