店頭に並んだとき最高の状態になるよう仕上げるには、長年の経験とセンスが必要なのだと、松孝の社長さんは言っていた。

 大センセイ、松孝の完熟バナナを試食させてもらったが、ねっちりと芯から熟れて、濃厚な甘さと高貴な香りを兼ね備えた、日頃食べているバナナとは明らかに異次元の、もはや“仙境の果実”であった。うまい。唸るほどうまい!

 爾来、バナナの虜となった大センセイであったが、ある仲卸の話では、近年、大量に輸入したバナナをコンピュータで一括に色付けして、安い値段でスーパーなどに卸す業者が増えているという。ひと房100円なんていうバナナがあるのは、そのせいなのだ。

「色付け師が仕上げたバナナの8割ぐらいの味は出せるかもしれないけど、最後の二割は詰め切れない。しょせんコンピュータは、人間を超えられないんだよ」

 仲卸さんはこう言って、ポンと腕を叩いてみせた。

 CPU会社の社長は、遠からず人間を超えてしまうであろうAIの恐ろしさを一番よく知っているのは、実はコンピュータ業界の人間なのだと言っていたが、大センセイ、仮にAIバナナなんてものができたとしても、断乎、色付け師バナナを支持する。たとえAIが色付け師と同レベルの味を出してきたとしても、10円、20円の違いなら、断乎、色付け師バナナをお買い上げになるであろう。

 それが30円の差になったとて、断乎、断乎……ちょっと迷うかもしれんな。

週刊朝日  2018年10月26日号

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山田清機

山田清機

山田清機(やまだ・せいき)/ノンフィクション作家。1963年生まれ。早稲田大学卒業。鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』(第13回新潮ドキュメント賞候補)、『東京湾岸畸人伝』。SNSでは「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれている

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