医師・帯津良一ד健康マニア”生島ヒロシ対談 「攻めの養生」に学ぶ (2/3) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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医師・帯津良一ד健康マニア”生島ヒロシ対談 「攻めの養生」に学ぶ

連載「「健脳」養生法――死ぬまでボケない」

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多田敏男週刊朝日#ヘルス#帯津良一
帯津良一/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱している。今も治療の現場に立ち、講演や講義も行う。『死を生きる。』(朝日新聞出版)など多数の著書がある。
生島ヒロシ/1950年生まれ、宮城県気仙沼市出身。76年にTBSに入り、アナウンサーとして活躍し、89年に独立。TBSラジオ「生島ヒロシのおはよう定食・一直線」では、ニュースに加え健康情報も紹介している。金融や相続問題などに詳しく、東日本大震災の復興にも取り組む。(撮影/多田敏男)

帯津良一/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱している。今も治療の現場に立ち、講演や講義も行う。『死を生きる。』(朝日新聞出版)など多数の著書がある。
生島ヒロシ/1950年生まれ、宮城県気仙沼市出身。76年にTBSに入り、アナウンサーとして活躍し、89年に独立。TBSラジオ「生島ヒロシのおはよう定食・一直線」では、ニュースに加え健康情報も紹介している。金融や相続問題などに詳しく、東日本大震災の復興にも取り組む。(撮影/多田敏男)

生島:「生島ヒロシのおはよう定食・一直線」は1998年に始まって20周年です。私は基本的にラジオのほうが好き。自分の身の丈で話せるからです。テレビはどこかテンションを上げないといけないところがある。昔はテレビ番組を1週間に何本もやっていましたが、今の年齢になってラジオ中心というのはすごくいいなと感じています。

帯津:生島さんは67歳ですが、これからがさらに楽しみですね。五木寛之さんの『百歳人生を生きるヒント』(日本経済新聞出版社)にも、大人の黄金期は70代だと書いています。

生島:70歳は古希。昔の感覚だと70年生きる人は古くからまれだったわけです。でも、古希に近づいてますます元気になっています。まわりからも「そんな年に見えません」と言われると、こっちも調子に乗ってしまう(笑)。帯津さんは80代ですが、好きなものを食べて本当に元気ですね。

帯津:養生訓も言っているように、好きなものを少し食べるなら何を食べてもいいんです。食べすぎはダメですけどね。食べる量は若いときより、自然に減ってきました。体重はずっと73キロだったのが68キロに減った。前はつくった人に悪いからと、つい全部食べていた。今は好きなものしか食べないと決めている。中華のコースや会席料理でも、平気で残します。

生島:私の同世代は定年退職し、年金をベースに生活しています。生活全体をダウンサイジングしないといけないので、行動が抑えられる。これからの老後をどうしようと、不安ファーストになっている人が多い。帯津さんが言っていた「一日一生」。今日が最後かもしれないと思って一日一日を大切に生きていると、あまり余計な心配をしなくてすむと心から思います。

 私も38歳でTBSを辞めて独立して、本当に良かったんだろうかと悩みました。フリーになって10年ぐらいたつとテレビの仕事が減って、この先どうなるかなと不安でしたが、諦めずにラジオをやり続けました。常に希望を持って一生懸命取り組んでいると、チャンスの神様は見捨てることはありません。

 若いうちに稼いでおくのもいいが、帯津さんのようにいくつになっても稼げるようになるほうがいい。これからは人生100年時代。できるだけ働ける期間を長くすることがカギですよね。


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