57歳の時訪れたイスタンブールでは燃えるように赤い朝焼けを見た。それは25歳の時に満州で見た真っ赤な夕焼けと重なった。
「この鮮やかな色彩を残さなければ。そしてこの鮮烈な色彩のパワーと人間のエネルギーが満ち溢れている民族の姿を残さなくては。その思いにかられて、そこからは私は憑かれたようにスケッチ旅行を繰り返しました」
入江さんはアフガニスタンのバーミヤンやシリアのパルミラ遺跡も訪れている。だが、バーミヤンの石仏もパルミラ遺跡もそののち、過激派組織によって破壊されてしまった。
「とても胸が苦しいです。私の目の中には、平和な暮らしを営む純朴な人々の姿が焼き付いているというのに。でもだからこそ、私は描き続けないといけないのかなとも思うんです。平和に暮らす人々の姿を描き続けることが、私という画家ができる“平和への祈り”だと思うから」
人は、人の役に立つことをしなくては。それは交流があった故・日野原重明医師の生き方を見て学んだ。
「自分の利益ばかりではなく、人のためになること、世の中のためになることを考えて生きないとね。自分勝手なことをやっている人は身を滅ぼすだけ。そして誰からも尊敬されないし、誰からも相手にされなくなります。自分から孤独な人生を招くことになるんです」
そして人にやさしくすること、家族を大切にすること、何気ない毎日の暮らしを丁寧に生きること。何事も起きない平和のありがたさに感謝すること。ともすれば疎かになりがちなことほど大切なものはないと、入江さんは実感している。
「平和は失われた時に初めて気付くんです。その意識を一人ひとりが持たないと」
今年の独立展の絵にも、入江さんの平和への深い祈りが込められている。
最後に皆さんに、入江さんからひとつだけお願いがあるという。
「私のことをどこかで見かけても、“おばあちゃん”って呼ばないでほしいんです」
やはり“お嬢さん”じゃないと、ダメでしょうか。
「そんなおこがましいことを言うつもりはありませんが、おばあちゃんは、やだ。心はおばあちゃんじゃないし、それに……」
はい?
「そんなことイケメンに言われるのは、絶対やだ(笑)」
やはり1世紀以上を生き抜く人たちは、一筋縄ではいかない人たちなのである。(赤根千鶴子)
※週刊朝日 2018年10月12日号