夏目:僕もそう思いますよ。僕の場合は、40代になってから始めた中国武術がそうかな。森下さんにとってのお茶も、きっと同じ感覚なんだろうなって。

森下:ピアノやっている人やヨガをやっている人、全然別のことをやっている人にも、分かると言われることがすごくあります。

夏目:長く何かを続けることで見えてくる共通した境地みたいなものがあると思うんですよね。この作品は、お茶の話でありながら、“その先”のことも描かれているんじゃないかと。

森下:実際に、そこから先の、内的な感覚と外の世界が接している感じとか、そういう部分を書いてみたりしたんですよ。だけど、精神世界みたいな方向に入っていっちゃいそうで、読んだ方が分からなくなるかな、と思ってバッサリいっちゃいました。

夏目:そこが森下さんなんです(笑)。この「日日是好日」は、一言で言うなら、五感の話。誤解を恐れずにもっと言うなら、悟りの話。だけど、重大な悟りではなく、軽度の悟り。そのへんの間合いの取り方は、相変わらず本当に見事。

森下:ありがとうございます。だけどそれ、偶然だと思います。

夏目:いや、偶然じゃなくて、それが森下典子の、無意識の矜持だと思う。ずっとそうですから。どんなネタやってもね、品がいいんですよ。

森下:そういえば、『閨(ねや)の御慎みの事』という、江戸時代の夜の営みをご教授する本について取り上げたことがありましたね。

夏目:そこに、事が終わった女性のあるべき姿を、「雨に打たれし海棠(カイドウ)の花の如く」と書いてあって。小さな花で、下を向いているんだけど、よく見ると、すごく派手で艶やか。

森下:雨に打たれたピンク色の花が、濡れてうなだれている姿が、とても艶っぽい。すてきな表現ですよね。私、いまだによく覚えてて。しかも、隣の家に海棠の木があるから、毎年春になるたび思い出す(笑)。

夏目:そういう感覚がすごいんですよ。やっぱり森下さん、品がいい!(笑)

(構成/本誌・太田サトル)

<デキゴトロジー>1978年秋から92年にかけて連載された「週刊朝日」の名物企画。本当の“出来事”だから驚き笑える記事を毎週届けた。森下典子さんはこの欄でライターデビュー。同欄で夏目房之介さんが展開したマンガコラムは、のちにスピンオフ的存在の連載「學問」に発展。

※週刊朝日オンライン限定記事