森下:黒木さんも多部さんも、とにかく覚えが早くて、皆さんあっという間にお茶の所作が頭に入るんです。私、何十年もやってるんですけどって(笑)。樹木さんも、「演技として覚えます」とおっしゃってましたから、きっとそういう覚える回路みたいなものが違うんでしょうね。

夏目:映画を見て、書いた本人として不思議な感じがありました?

森下:私、撮影の現場で、お茶のお点前や道具の組み合わせ、部屋のしつらえなんかを見なければならなかったんですよ。だから、原作者の思い入れがどうこうという以前に、そればかり気になっちゃって。とにかく忙しくて、味わう暇もなくて(笑)。

夏目:僕はお茶を習ったことはないけれど、ずいぶん前に奈良だったかな、ふらりと茶道具屋に入ったことがあって。奥に茶室がしつらえてあって、そこで釜がシュンシュン鳴って、一気に入眠状態に入りそうだった。そのときに、よくできた空間、装置だな、と感じたんですよね。

森下:つくばいの水の音、炭の匂い、お湯が沸き始めるとシュンシュンという音がする……日常とは違う心理状態に入っていく仕掛けがそこにできてるんですよね。

夏目:茶室そのものが、装置、セットなんですね。

森下:そうなんです。土物の器、金属製の釜、木、そして、火と水でつくられた空間。あとはお日さまとお月さまがあれば、月曜から日曜まで、全部そろいますね(笑)。

  ◇
夏目:今回お会いしたのは8年ぶりぐらい? どこか戦友みたいなところがありますよね。「デキゴトロジー」が始まった1970年代後半、森下さんはまだ女子大生だった。

森下:大学4年生だったかな。就職活動を失敗しました、ってころ(笑)。

夏目:挫折感を抱えながらね。だけど、最初から出色のライターでしたよ。とにかく勘がよかった。僕は、そういうのが鈍いうえに理屈っぽいから評論家になっちゃったわけなんだけど(笑)。70年代後半から80年代が漫画家で、90年代は評論家。そして、2000年代に入ってから、まさかの大学の先生に。

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