■ハイカラな男女がみつ豆ホールに押しかけた

 もともと芋問屋だった「舟和」が和菓子店として開業したのは、明治35年。その翌年、同店は新商品としてみつ豆を売り出した。

 以前から子どものおやつとして、寒天とえんどう豆に蜜をかけた駄菓子が売られていた。「舟和」初代・小林和助氏は、それに杏、求肥などを加えたうえ、銀製の器と銀製のスプーンで食す大人の高級甘味に変えたのだ。

「当時はみつ豆に並と上があり、並は3銭、上は5銭。並には日本産の杏が、上にはヨーロッパの杏が入っていたんです」(営業企画室・上野仁さん)

 舶来品がありがたがられた時代だった。

「舟和本店」東京都台東区浅草1‐22‐10/営業時間:平日10:30~18:30L.O.土10:00~19:30L.O.日祝10:00~19:00L.O./定休日:なし

■日本人好みの柔らかパンの秘密は酒種にあり

 明治2年に開店したものの、自慢のパンの売り上げは思っていたほどではない。初代店主・木村安兵衛氏の悩みは深かった。製販事業部酒種室室長の八度愼一郎さんが解説する。

「酵母にホップス種を使ったのでヨーロッパのパンのように硬く、敬遠されたのです。日本人好みの柔らかさにするため、酒種(米と麹)を使うことを思いつき、酒饅頭の配合を参考にして6年がかりで完成させました」

 現在、銀座4丁目に立つビルの7・8階で、毎日5千~1万個のあんぱんが焼かれている。おそらく世界一地価の高いパン工房だろう。

「木村家銀座本店」東京都中央区銀座4‐5‐7/営業時間:10:00~21:00(2Fのカフェは20:30L.O)/定休日:12月31日と1月1日

(取材・文/菊地武顕)

週刊朝日  2018年10月5日号