「パパ、ほら。こーれー、こーれー」

 節までつけながら、無邪気な笑顔をこちらに向けてくる。

 マズイ!

 大センセイ、緊急出動して暴れる昭和君を横抱きにすると、おふたりの背後から命からがら離脱させたのであった。

 ところが、こんな体験を知人に話すと、知人氏は一層戦慄的な体験をしたことがあるというのである。

 ある日のこと、知人氏は幼い息子さんを連れて銭湯へ出かけていった。すると浴室の中に、そのスジの方がひとりおられた。背中にはやはりお絵かきがしてあった。見事な龍である。

 知人氏、息子さんが龍の方をチラチラ見ているのに気づいていたが、「見るな」とも言えず、ただハラハラするばかりであったという。

 唯一、われわれのケースと異なっていたのは、知人氏の息子さんがお風呂場で遊ぶための水鉄砲を持っていたということであった。

 事件は、そのスジの方が浴室から出ようと洗い場を離れた瞬間に起こった。何を思ったか息子さん、パッと水鉄砲をつかんで立ち上がると、

「待て、待てー」

 とひと声叫んで、背中の龍にピタリと銃口を向けた。

 マズイ!

 知人氏は、浴室の床にダイビングしながら小さなスナイパーに抱きつくと、間一髪で発射を阻止したという。万一失敗していたら、その後の父子の運命はどうなっていたかわからない。

 たしかなのは、この間、全員がフルチンであったということだけである。

週刊朝日  2018年10月5日号

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山田清機

山田清機

山田清機(やまだ・せいき)/ノンフィクション作家。1963年生まれ。早稲田大学卒業。鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』(第13回新潮ドキュメント賞候補)、『東京湾岸畸人伝』。SNSでは「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれている

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