何かを思い出して目的地に向かう途中、何をしようとしていたかを忘れたり、風景が記憶と異なって混乱したりする。それで道に迷う。徘徊とは呼ばず、「ひとり歩き」と表現を変える動きもある。

 認知症の人は外が暗くなり始めると、不安になったり、何かしなくてはいけないとソワソワした気持ちになったりしやすい。「夕暮れ症候群」と呼ばれる。帰宅や夕食の準備などで慌ただしく動き回ることが多い時間帯で、認知症の人もその日常を思い出すからだ。

 外出は健康維持や気分転換につながるだけでなく、地域との結びつきも生む。行方不明を恐れる余り、認知症の人を鍵のかかる部屋に閉じ込めることは人権侵害で、高齢者虐待防止法で「虐待」と見なされる。

 高齢者が地域で気持ちよく散歩を楽しめるように、厚生労働省は高齢者を地域で見守るネットワークづくりを進めている。警察・役所・地域包括支援センターなどの公共機関、自治会などの互助組織、タクシーやバスなどの交通機関、店舗などで構成される。認知症による行方不明者は、家族がどれだけ対策を打ってもなくならぬ現実があり、地域全体で支えるねらいだ。

 前出の永田さんがかかわった「認知症の人の行方不明や事故等の未然防止のための見守り体制構築に関する調査研究事業報告書」によると、同ネットワークを「構築・拡充」と答えた市区町村は全国で6割。さらに、各地で稼働しているとはいえない実態も見られる。

 では、地域の人はどんなことに取り組めばいいか。

 千葉県在住の女性(51)はある日、80代ぐらいのおばあさんが車道を危なっかしく歩く姿を見かけた。車が次々とよけて通過していく。女性はその様子を見ながら一度は通り過ぎたものの、再び現場に戻って歩道に誘導した。

「おばあさんは自宅へ帰ろうとしていましたが、方向がわからずキョロキョロしていました。碁盤の目状に同じ外観の家が並ぶ住宅街で、混乱したのでしょう」

 住んでいる地区を聞いて近くまで一緒に歩き、家まで無事たどりついた。地域のサポートも受けられるよう、民生委員にも報告しておいたという。

 地域での支援には、「認知症『ひとり歩き』さぽーとBOOK」(名古屋市瑞穂区東部・西部いきいき支援センター作成)が参考になる。ひとり歩きの人の特徴や声のかけ方を紹介しており、だれでもホームページから閲覧できる。「認知症サポーター養成講座」受講者を増やしたり、声かけの模擬訓練を継続的に実施したりする地域もある。

 冒頭で紹介した行方不明の女性の家族は「母に似た女性を見かけたら、『○○さんですか』と一言聞いてもらえるとありがたかった」と振り返る。情報提供が数件あり、家族が現場へと駆けつけたが、そこにはすでにいなかったからだ。

 行方不明者の実態調査をした前出の菊地さんは「定期的な調査を実施し、実態把握と対策を検討する仕組みが必要だ」と提言する。

週刊朝日  2018年10月5日号